33.テスト
そして1週間後の朝。
日課の鍛錬を終え、私とお父様は訓練場で向かい合っていた。
当然観衆もいる。鍛錬を終えたヴィエルジュ家の騎士たち、休憩中の使用人たち、屋敷の窓から訓練場を見下ろす仕事中の使用人たち、護衛のハインとレイ、そしてお母様とお兄様もいた。
皆これはいつもの戦闘訓練だと思っている。これが私が冒険者になれるかどうかの、いわゆるテストだとは知らない。お母様とお兄様でさえ。
夜明け色の瞳がぶつかり合う。
「私に一瞬でも本気を出させたら、合格とする」
お父様のいつもよりも濃くなっている青い瞳は、一切の甘やかしはないということを映していた。
「……わかりました」
私は唾を飲み込んでから、静かに闘志を燃やした。
距離を取るため背を向け合う。
そして再度向かい合うと、ヴィエルジュ第1騎士団団長レイヴン・マクレイアーの合図でテストが始まった。
「はじめ!」
私はまず攻撃力が一番高い火属性魔法を使った。
『火炎』
赤い魔法陣から出力の高い炎がお父様めがけて放たれる。
対してお父様は焦った顔など微塵もなく淡々と水属性で分厚い水壁を造り防御した後、一瞬で移動し私との間合いを詰めてきた。
……!
私は咄嗟に身体強化スキルで後方に飛び、お父様と距離をとる。そして。
『大地の刃』
土属性魔法でお父様の足元から先端の尖った円錐状の岩が数本突き出す。
お父様は飛び上がって回避する。
歓声が鳴り響く。
私は着地点を予測し、再び『大地の刃』を放つ。
尖った岩の先端がお父様の足の裏に刺さる前にお父様は飛び上がり回避した。
? どういう事? なんで空中でまた飛び上がれるの? 『浮遊』を使った? でもそれだとそのまま空中に滞空するはずよね。
私ははっとした。よく見ると岩の先端が崩れていた。
私はもう一度お父様の着地点に『大地の刃』を放つ。
お父様がまた岩に刺さる直前に飛び上がった。
……! なるほど、足の裏から『風圧』で自分自身を跳ね返しているのね。何なのそれ、器用すぎる!
そして飛び上がったまま私に向かって無数の氷の矢を連続で放ってきた。
私は身体強化で氷の矢を避け、避けきれないものは模造剣を抜いて弾き飛ばした。
カキン、カキンと氷を弾く澄んだ音が響く。
なおも氷の矢の攻撃が続き、お父様は私を走らせる。
このままじゃ埒が明かないわ。体力が削られる。それにしても魔力消費が高い氷魔法をあんなに……!
私は『風圧』で追いかけてくる氷の矢の動きを止め、それを全てお父様に跳ね返した。
エコよ、エコ。それに私まで氷魔法を使ったら、全属性もちって周りにバレちゃうしね。
跳ね返された氷の矢をお父様は体術で避け、そして左手を私に向けた。でも魔法陣がない。
魔法陣はどこ? ……っ!!?
私の真上から魔法の気配がして、ぱっと上を見上げると、私の真上に青い魔法陣が浮かんでいた。
そこからすぐに真下に向かって氷柱が勢いよく降ってくる。
ズドーンと地面に氷柱が刺さる。土煙が舞う中、間一髪で避けた私のところにお父様が剣を抜きながら迫ってきた。
――キーン!
模造剣同士が響き合う。
瞬間、お互いの魔力がぶつかり、同心円状に魔力の波紋が広がる。
お父様の銀月色の髪がふわりと舞い上がり、一つに結んだ私の銀月色の髪がなびく。ギャラリーの方まで突風のように魔力の波が押し寄せていた。
視線が交差する。お父様の夜明け色の瞳からは何も読み取れなかった。
「くっ……!」
このままじゃ押し負ける……!
すると、お父様は片手で私の剣を受け止めながら、もう片方の手で魔法陣を出した。
やばっ!!
私は咄嗟に風属性の『浮遊』で上空に飛び、お父様から離れたところに着地した。
私は歯を食いしばった。
余裕だわ、お父様。お父様の方が断然力が強いから両手で剣を持たないと太刀打ちできない。だから魔法が出せないと一気に私の分が悪くなる。剣では太刀打ちできないから魔法メインに持ち込まないと!
右手で剣を握ったまま、左手で赤い魔法陣を出した。
『蒼焔』
一番最初に放った『火炎』とは比べ物にならない程の灼熱の蒼い炎が鬼火のように周りに展開される。
剣で迫られたら厄介だから、このまま上級魔法で押し切る!
無数の蒼い炎の固まりがお父様に一気に迫る。
お父様は凄まじい速さで襲い来る蒼炎を剣に魔力を纏わせて切っていく。水魔法を使わないのは水蒸気爆発を起こさないためなのはわかるけど、模造剣で私の上級魔法を切っていくって、意味わからないんですけど。
はぁ、お父様、まだまだ余裕がありそう。お父様を本気にさせないとなのに。
私はなおも蒼炎を出し続けた。魔力はまだ大丈夫。
いつの間にか歓声が止んでいて、静かになっていた。
お父様は私が蒼炎をやめそうにないと見るや、剣でさばきながら左手を私に向けた。
私は身構えた。
ひと際大きな青い魔法陣が現れる。
何が来る……!?
すると、周囲の気温が急激に下がった。吐息が白い。辺りに白い靄がかかる。
これは……『絶対零度』!!
空中に浮かんでいた無数の蒼炎が瞬時に全て凍りつき、氷の重みで次々と地面に落下する。
ドスン、ドスンと土煙をあげて落下音が轟く。落下して砕けた氷の破片が飛び散り、私の脚や腕を裂き血が滲んだ。
氷魔法の『絶対零度』は対象の温度を氷点下273度まで下げ対象を無力化、瀕死に至らしめる、氷魔法の中でも上位の魔法だ。その分消費魔力もずっと高い。
ここでこれを使うということは、本気になったってことかしら……? いやでも、お父様を見てもいつもと変わらず涼しい顔だわ。外は春の陽気から一気に極寒に変わったというのに。
『絶対零度』を使うと周りにも影響が出る。どう影響するかは私はまだ使ったことがないからちゃんとはわからないけど、たぶんホワイトアウトみたいな感じになると思う。お父様は蒼炎を無力化させるとすぐに魔法を消していたから少し白い靄がかかる程度で済んだのだ。
観衆の所々で橙色の灯りが灯っている。火属性魔法で暖をとっているようだ。
「どうした? もう終わりにするか?」
お父様が余裕のある口ぶりで尋ねた。でも表情はいつもと変わらないのに、どこか楽しそうに見えるのは気のせいかしら。
「……いえ」
どうする? 本気にさせるには『蒼焔』ではまだ足りないということ。ならば『白焔』を出す? 『絶対零度』を出す魔力はお父様にはもうないはず。最初にお父様の魔力を感知した時と昔魔力値を聞いた時と比べてもあまり変わっていなかった。……いや、お父様なら魔力量を誤認させるくらい容易い。それならもう一度『絶対零度』で防がれる可能性も……
お父様の力量を考えれば、スキルで創った超級魔法を使えば本気になるのは確実だけど、あれは人に対して使って良い魔法じゃない。それにオリジナル魔法は人前では出せない。魔法創造というヤバめなスキルを持っていることが周りにバレてしまう。だとすると……
お父様が氷魔法の上位を使ったのなら、私もあれを出すしかない。魔力はギリギリ残ると思うから、一か八か……!




