32.私にできること
夕食を済ませしばらくした後、お父様が王宮から屋敷に帰ってきた。
状況が知りたくていても立ってもいられず玄関ホールで侍従とともに迎えた私の姿を見て、何故かわからないけどお父様は少し安堵のような表情を見せた。
「何かわかりましたか」
「……ああ。森に関して言えば、森周辺に配置した王国騎士団からの報告だとやはり魔獣が活発化しているそうだ。低ランクの魔獣も好戦的になったらしい」
帰宅早々尋ねた私にお父様は淡々とでも応えてくれた。
「黒竜の影響でしょうか」
「その可能性は十分にある。引き続き高ランクの冒険者と王国騎士団が対応しているが、負傷者が後を絶たない状況だ。だから勝手な行動に出たりしないように。わかったな」
そう言ってお父様は足早に階段を上がって行った。
私はその後ろ姿をもやもやした気持ちで見ていた。
負傷者が出ているなら私の治癒魔法で治療できるけど、月属性が明るみになる行動は結界崩壊までは避けなければならない。
ならば、私ができることは一つだ。
冒険者になって高ランク魔獣を討伐し、冒険者や騎士団の皆の負担を少しでも減らすこと。
自己満足と打算が混じっているけど、できることがあるならば、私はやりたい。それに私はもうお父様から十分戦力になると言われている。この戦力を役に立つことに使いたいと思っているのは私の本心だ。
玄関ホールの大きな階段を見上げる。
私はお父様に直談判すべく、階段を駆け上がり、お父様の執務室に向かった。
「お父様、冒険者や騎士たちに負傷者が続出しているということは、人手不足なのではないですか? 私、冒険者になって皆の負担を少しでも減らしたいです!」
人払いを済ませた室内で、執務机で仕事をしているお父様に向かって期待を込めて尋ねた。
お父様が美麗な顔を上げる。夜明け色の瞳が私を見据えた。
「……ディアナの腕ならAランク魔獣を討伐できるだろうし、我々の助けにもなるだろう。そのくらいディアナは強くなった。だが、ディアナはこの家の令嬢で、その類まれな容貌は他人を惹きつけてしまう。冒険者の中には粗暴な者もいる。魔獣が活発化し、皆いつも以上に神経質になっている中、そこにディアナがいれば……ディアナの身が危ない」
お父様、私を心配してくれているんだ……
王国軍の総長としては、私は戦力になりうるから魔獣の討伐に参加させたいけど、父親としては、私の身を案じているから行かせたくない。
私のことを大事に思ってくれていることに嬉しさが込み上げてくる。
「心配してくれてありがとうございます、お父様。とても嬉しいです。でもお父様は、実力がある者は身分を問わず重用してきましたよね。私にも実力があるなら、使ってほしいです。お父様の役に立ちたいのです」
私が真剣に訴えるとお父様が一瞬目を見開く。そして、ふ、と口元を和らげた。
「……あまり過保護になりすぎるのはよくないな。だが、許可するのは私と一戦してディアナがソロで冒険者をやれると判断してからだ」
「えっ、でもそれは黒竜を見たときに私はもう十分戦えるって……」
「十分戦えるが、最終判断は一戦交えてからだ」
……まじすか。テスト的な? もしかして本気の戦闘?
「それはいつですか?」
「そうだな……まだ少し立て込んでいるから1週間後にする。1週間後の午前、日課の鍛錬が終わった後に」
「……わかりました。よろしくお願いします」
私は頭を下げた。その時に冒険者になれるかが決まると思うと急に緊張感が出てきて、思わず声が固くなってしまった。
「ああ」
書類に目を落としたお父様を見た後、私は緊張と高揚がない交ぜになりながら執務室を出た。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ディアナが部屋から出ると、音もなく黒ずくめの男が目の前に現れた。
橙色の瞳が私を窺う。
「良いんすか?」
「……今は猫の手も借りたいくらいだからな。私に引けを取らないディアナが討伐に参加すれば、確かに他の者の負担が減る。だが……」
「心配なのは俺も同じっすよ。だからこそ、俺らが付く」
「ああ、元よりそのつもりだ。何かあれば、頼んだぞ」
「お任せを」
胸に手を当てながらそう言ってヘンデは消えた。
冒険者になることでディアナに危険が及ばないか心配でもあると同時に、使命を持ちそのために努力を惜しまない娘に誇りも感じていた。
「ふ、私もヴェルソー公爵のことを言えないな」
苦笑し、何気なく執務室の窓から月のない闇夜を眺めた。
誤字がありましたので修正しました。




