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幕間(4)−2

「ところで、Sランク冒険者の彼は討伐に出ていますか?」


宰相の問にシュツェ侯爵が若草色の瞳を伏せ小さくため息をついた。


「それが……Aランクの魔獣はAランクの冒険者が倒せば良いと言って、討伐をしないとセレーネギルドから報告がありました」


「ふん、平民のくせに、なんたる怠慢だ」


クレブス辺境伯が吐き捨てた。


「今のところセレーネギルドのギルドマスターがAランク冒険者と共に対応にあたっています」


「確か元Sランクの剣士だったな。同じSランクならその平民をどうにかしてほしいものだ」


「まぁまぁ。万が一Sランクの魔獣が低ランク区域に現れたら対応させれば良いではないですか。彼の言うAランクにはAランクなら、SランクにはSランクでしょう?」


クレブス伯の隣に座るへミニス伯がなだめた。


ふとシュタインボック公を見やると、何かを企むような底光りした群青色の瞳を2人に向けていた。


「まぁ、良いでしょう。私の考えでは、高ランクの魔獣が低ランク区域に出没し始めたのは、結界が(ほころ)び始めたからだと思っています。現に黒竜が現れていますしね。ヴィエルジュ辺境伯はどう思いますか?」


「私も宰相と同じ考えです。既に王国騎士団の編成を見直し、3つの森周辺を重点的に配置していました」


「おお、では騎士団の対応が早かったのはそのおかげだったのか。さすがの慧眼(けいがん)の持ち主だ」


シュタインボック公が目を細めた。


「ヴィエルジュ辺境伯には結界が綻ぶのがわかっていたと? まだ前回の結界修復から200年も経っていないではないか」


ヴェルソー公が怪訝な顔で私とシュタインボック公を交互に見る。


「文献通りなら、結界崩壊は大満月の日に『女神の化身』が生まれてからになるでしょうから……今の段階ではまだ20年弱は猶予があったはずです。ですが現実に高ランク魔獣が暴走し始め、黒竜が現れたということは、前回の結界修復が十分ではなかったということでしょう。まあ、事前にそれを知る術は私にもありませんので、ヴィエルジュ辺境伯には先見の明のスキルでもあるのでは」


皮肉めいたへミニス伯の言葉で、昔ディアナが私に女神が現れた夢の話をしてくれたことを思い出した。


私に先見の明のスキルなどない。私が事前に対応できたのはディアナのおかげだ。


あの時はまだほんの(わず)かだが疑いがあり、7年経ったのに黒竜が一向に現れなかった時は不安に駆られたが、実際に魔獣の暴走と黒竜の出現で確信に変わった。ディアナの夢の話は真実だと。


月属性と全属性という前代未聞の能力を持つ娘。権謀に満ちたこの空間で、絶対にその能力を露見してはならない。そのためにも、へミニス伯の言葉に便乗するとしよう。幸い、私のスキルは全てが公にはなっていない。


「……いくつかスキルはあります」


私のどうとでも取れる曖昧な言葉に、へミニス伯は気に食わないように口唇を引き結んだ。


対面に座る陛下が笑いを堪える顔をしている。


「ああ、だからヴィエルジュ辺境伯は私に王都の城壁の増築を提案したのですね。結界が破れた場合、2つの魔獣の森に囲まれたここが最も危険ですから」


国土大臣のシュティア侯爵が私の言葉をそのまま受け取って納得したような表情で、私が数年前に依頼した事柄を述べた。実際はまだ着手されていない。


「何呑気なことを言っている。早く取り掛かるべきだろう。何故今までやらなかった」


ベリエ公が憤慨する。


「城壁は二重の構造になっていますから必要ないと思いまして……それに理由もなく莫大な費用をかけられませんよ」


「理由ができたじゃないか。間に合うんだろうな」


「……っ、間に合わせます」


ばつが悪そうにシュティア侯爵が応えると、宰相が空気を変えるようにいつもより明るめに声を発した。


「では魔獣の森がある領は、一番近い街に防御壁も建てた方が良いですね。該当しない私のところの領とシュタインボック領、フィシェ領、ベリエ領、へミニス領、クレブス領は築造を手伝いましょう。そうすれば3年以内には完成するでしょう」


「費用はどうする?」


ヴェルソー公が誰彼問わず尋ねる。


「算出して頂ければ該当する6領にはきちんと費用を捻出しよう。国の危機だからな」


シュタインボック公が応える。


「よろしいですか、陛下」


「ああ、それで良い」


その後も諸々の対策を立て、会議は終了し休憩に入った。


陛下が退出した後、皆も席を立つ。


私は廊下で陛下の補佐官に呼び止められ、そのまま陛下の執務室へ向かった。

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