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31.黒竜出現

大気が震える。


訓練場にいる誰もが空を見上げ驚愕に目を見開いたまま、言葉を失くしていた。


それは漆黒の大きな翼をはためかせ、こちらに向かって飛んでくる。


私はそれが何なのかすぐにわかった。たぶん皆も。文字と挿し絵でしかその存在を知らないのに、圧倒される存在感に鳥肌が立ったから。


まだ遠く離れたここからでも、深紅の瞳と、陽光に照らされて輝く黒曜石のような姿がよく見えた。それほどその体が巨大だということだ。


私は息をするのも忘れてしばらく黒竜に見入っていた。


そしてお父様のよく通る声で我に返る。


「急ぎ王宮へ行く。馬の用意を」


「はっ」


近くにいた騎士に声をかけた後、私に向き直る。


「ディアナ、私はしばらく稽古をしてやれないが焦ることはない。もう十分戦力がある」


「っ、なら冒険者に……!」


「黒竜が現れると魔獣が活発化する恐れがあると文献にあった。だからまだ冒険者になるのは危険だ。何かわかるまで待ちなさい」


そう言ってお父様は足早に屋敷に向かっていった。


私はその背中を見つめたまま、ため息をついた。


焦ったってどうにもならないことは前世での経験上よくわかっているけど、でも、やっぱりもどかしい。早く浄化魔法を使えるようにならないといけないのに。


歯噛みしていたとき、突風が巻き起こった。


あちこちで悲鳴が上がる。木々が斜めにしなり、草花がざわざわと踊り、砂埃が舞う。


砂埃が目に入らないよう両腕で顔をかばっていると、大きな影が辺り一帯に落ちた。


何とかして見上げると、はるか上空にいるはずなのに、それはとても大きく、神々しい姿に畏怖を感じ、同時に何とも言えない美しさに私は魅了された。


周りは慌ただしく走り回っているのに、私の周りだけ音が切り取られたかのような静寂の中に突っ立ったまま、私はしばらく黒竜を眺めていた。不思議なことに懐かしさのようなものが込み上げてきて、目を逸らすことができない。


黒竜が旋回し、またこちらの方に戻ってくるまで私は眺めていた。


「……様っ! ディアナ様っ!!」


がしっと腕を掴まれた感覚ではっと我に返って振り向くと、レイが血相を変えていた。


「ディアナ様、ここは危険です! 早く中へ!」


レイが慌てて私を屋敷の中に連れ戻そうとする。私は抱え込まれながら何度も上空を振り返り、黒竜がまたランデル山脈の方へ向かっていくのを見ていた。


黒竜が一瞬首をこちらの方にもたげた時、深紅の瞳と目が合ったような気がした。宝石のような瞳は、なんだか輝きを失っているように見えた。



屋敷の中に入ると、シェリーが顔色を青くして迎えた。


「お嬢様! お怪我はございませんか!?」


余韻に浸っていた私は反応が遅れた。


「……あ、大丈夫よ。心配かけてごめんね。レイもありがとう」


「総長が王宮に行かれたのでディアナ様も屋敷に戻られたと思っていましたが、まさかまだあの場にいたのには驚きました」


「ごめんなさい。でも、ふふ、おかげでレイの貴重な表情が見られたわ」


私の思い出し笑いにレイは肩をすくめた。


不謹慎だけど、いつもクールなレイの珍しく慌てた姿を見れてラッキーと思っていたのに、また元のクールなレイに戻ってしまった。


「まぁ、体中砂だらけではありませんか! さぁさ、お風呂に入りましょう」


私はまだ黒竜を見た余韻が抜けず、シェリーにされるがままに自室にあるお風呂に入れられた。


洗われている間に思い立ってステータスを見たら、なんと魔力値が10万を超えていた。


あと5万で達成するわ! あと3年で5万……うん、いけるわ! もし3年も経たずに達成したら結界が崩壊する前に浄化ができる。黒竜を助けられる!


私は歓喜して湯船で「やっほーい!」ってばんざいしたら、私を洗ってくれていたシェリーが頭からお湯をかぶった。


「……」


「……」


「……お嬢様」


「ひぃっ! ごめんなさい! ほんとーにごめんなさい!」


あまり聞いたことのないシェリーの低音にびびり謝りまくったら、「主人が使用人に謝り倒してはいけません」と違うことで怒られた。

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