30.12歳になりました
瞬く間に年月が過ぎ、私は12歳になった。
王妃様のお茶会の日から私は王都のヴィエルジュ家の屋敷に移り住んだ。私の侍女であるシェリーも王都に移り、引き続き私の身の回りのお世話をしてもらっている。
12歳になり、私の容姿も変化した。背が急激に伸び、体型も幼児のそれではなくなった。毎日の鍛錬のおかげでスラリと伸びた長い手足は筋肉で引き締まり、上品にスッと伸びた鼻筋やスッキリした顎のライン、目元もお父様に似てクールな印象になり、自分で言うのもなんだけど美少女に拍車がかかっている。
5歳の時点で誰もが目を瞠る容貌だったのに、今では幼さが消えた分、私もお父様のように人外級になっていっている。
そのためお忍びで城下に遊びに行くにも大変だった。魔法で髪色を変えて――周りには魔法薬で変えたことにしている――尚且つフードも被って周りの視線や厄介な絡みから逃れないと楽しめない。お父様やお兄様もあんな見た目なのに堂々と外に出ていてずるいと思う。女って不便だわ。
そしてもう一つ不便……いやこれは不憫、だ。
余分な脂肪がない代わりに? ないから? 胸が、小さい……この前リリアと会ったとき思わず胸元をガン見しちゃったわ。これが12歳の胸なの? ありえるの?? って。
背の高さは余裕で勝っているけど、その時のリリアの顔を見て敗北感を味わったわ。アンリに「女性は胸だけじゃないよ」ってちょっと慰められたけど、14歳になって百戦錬磨みたいな顔で言われても全然説得力がなかった。
ベリエ兄妹とは今も交流が続いている。何度かお互いの屋敷を行き来し合っている内に親しくなり、今では大事な幼馴染の関係だ。
アンリと初めて会ったとき私に「惚れそう」だとか何とか言っていたけど、ベリエ家に招かれたときはそんな素振りは微塵も感じられず、やっぱりあれは冗談だったんだなと思える程、普通に友達のように接してくれる。警戒心も杞憂に終わってしまった。ただ、アンリは何故かお兄様をライバル視しているような気がする。お兄様もどこか受けて立っている節がある。青春かな。
私にはリリアとアンリしか友達がいない。というのも、社交シーズンには皆パーティーを催したり出席したりお茶会をしたりするのだけど、私は全くどこにも出席していないからだ。だからベリエ家以外の貴族と交流がない。社交デビューは13歳からっていう決まりがあるからリリアもパーティーは出ないけど、人脈作りのために年の近い令嬢同士でお茶会をしているらしい。お兄様とアンリは14歳なので既に社交に出て貴族と交流したり、殿下の側近として活動の幅を広げている。4月からは王立学院に通い始め寮に入るのでその準備でも忙しくしている。
全く出席していない私は何をやっているかというと、冒険者になるための戦闘訓練だ。
片手で剣を扱えるようになるまでは、魔法のみの戦闘法を身につけるため、お父様と戦いながら魔法を打ち合っていった。最初の内はハンデとしてお父様は1属性のみの使用に対し私は3属性で対抗するも、お父様は的確に隙を突いてくるので防御系の魔法で防ぐばかりだった。私に攻撃する暇も与えてくれない。容赦なく繰り出してくる魔法に私は防戦一方だった。そうすると攻撃魔法のための魔力が十分じゃなくなってくる。魔法で防御をするだけで私のほうが先に力尽きてしまうのだ。なので私は攻撃を躱すため、体術も身につけなければならなかった。
私とお父様の戦闘訓練があるときは、訓練場が闘技場へと化したように観衆が多くなり、歓声が敷地内に響き渡った。騎士団だけでなく、屋敷の使用人たちまで観に来るのだ。たまにお母様もいたりする。
私とお父様はお互い無詠唱で魔法を発動できるからスピード感もあり、様々な魔法が繰り広げられるから観る者にとっては圧巻なようだ。こっちは死物狂いでやってるってのに。
私の魔法の戦闘訓練が終わると次はお兄様の番だ。たまにしかないけど、王宮に行かない日と私とお父様の戦闘訓練の日がかぶったときはお兄様も参加する。お兄様のときは魔法ではなく剣術での戦いになる。お父様とお兄様の剣技は私も周りも感嘆せずにはいられないくらい凄かった。お父様は私との戦闘で少しは疲れているはずなのに手加減までしているけど、それでもお父様に張り合えるお兄様の強さにヴィエルジュ家も安泰だと私も皆も納得している。
戦闘訓練の他に、王都から一番近い魔獣の森であるローレンの森で魔獣の討伐も行った。お父様が休みの日しか行けないので数えられるほどしかないけど、お兄様も一緒に討伐するときは冒険者のパーティーにいるみたいで楽しかった。初めて魔獣を見たときは、鋭い赤い目に足が震えたけど、徐々に慣れて、10歳の時にはお父様が見守る中ひとりでBランクの魔獣を難なく倒せるようになった。
9歳の時に模造剣を片手で扱えるようになってからの稽古は地獄のようだった。王宮での仕事を早く終えたときや、極たまにしかないけど仕事が休みのときにしかお父様が私の相手ができないからそれはもう容赦なかった。
その頃にはお父様から私用に作らせた真剣をもらった。銀色に輝く刀身は細くとても軽いけど切れ味も素晴らしいもので、腕に馴染むまで真剣も使って鍛錬を始めた。
魔力の圧縮とお父様との稽古で私の魔力値も大幅に上がった。
7年経った今は98000に達している。全属性の上級魔法も全て網羅したし、スキルで上級魔法より上の超級魔法も創った。浄化魔法の12万魔力値まであと少し。でもあくまでも目標値は15万だ。
でも。魔法と剣の両方での戦闘訓練に移行してから何度かお父様と実戦のように戦っているけど、まだお父様に冒険者になって良いと言われていない。
あと3年で結界が崩壊するのに、未だ冒険者になれていない。焦る気持ちから戦闘に集中できていないときはお父様に怒られてしまった。
しかもその頃は屋敷の騎士団の皆もピリピリしていた。
森の奥にしか生息しないはずの高ランクの魔獣が、森の入口付近の低ランク区域に出現するようになり、低ランク冒険者たちが襲われるという被害が発生したからだ。そのため高ランク冒険者や王国騎士団、魔法師団も連日討伐に明け暮れているらしい。
魔獣の問題もそうだけど、この頃お父様はそれとはまた違うことで常に険しい顔つきをしている。
女神様の言う通りあと3年で結界が破れるなら、去年のうちに黒竜が現れたはずだった。なのに、未だに黒竜は現れず、そのまま年が明けてしまったのだ。
そもそも本当に黒竜が現れるの? 文献の記述の通りならもう既に現れているはずなのに。もしかして女神様の予想が外れてしまったとか?
焦りや不安を抱えながらその日もお父様と稽古をしていると、それは突然起こった。
暖かな春の日差しが照りつける午後、王都から遠く離れたランデル山脈から、黒光りした何かが咆哮をあげながら蒼穹の空に舞い上がった。




