29.銀月の君と銀月姫
「そろそろ休憩も終わりだ。馬車まで送ろう」
そう言ってお父様は立ち上がり、扉の方へ向かって行った。私も立ち上がってお父様の後をついていく。
執務室を出て、お父様と並んで廊下を歩く。レイが後ろからついてくる。
廊下には王宮の使用人や衛兵たちが所々にいて、皆一様に惚けた表情をしている。私はもうこうして見られるのにだいぶ慣れてしまった。
「あ、お兄様がお父様に用事があると言っていました。お茶会の最後に王妃様に子息たち全員残るように言われたので、その後に執務室に来ると思います」
「聞いている。ユアン殿下の側近の話だな」
「え、お兄様、殿下の側近になるのですか?」
「殿下の側近は年の近い領主貴族家から選ばれる。私もそうだった。だが側近といってもそんな型苦しいものではなく友人の意味合いが強い。いわば取り巻きだな。だからノアも領地から王都の屋敷に移ることになる」
じゃあお茶会に招待された子息は殿下の側近……友人になるために集められた意味合いもあったってこと? 顔合わせ的な? 私と繋がりを持ちたい貴族のためのお茶会ではなく、もはや私がついでなだけなんじゃ……なんか自意識過剰だったみたいね。恥ずかしいわ……
「お兄様も一緒で良かったです。あ、でもお母様を領地に残すのは寂しいですね」
お母様は国の仕事に忙しいお父様に代わって領地経営をしている。
「ディアナが洗礼式を終えるまでは領地に留まっていたが、冬が終わって社交シーズンになれば王都に来る。領地のことはグラエムに任せるから問題ない」
「それなら良かったです。家族全員揃いますね」
私が微笑むと、廊下に出てから何故か険しい表情をしていたお父様が、私に顔を向けると表情を和らげた。
途端に、廊下にいた王宮の使用人たちや文官らしき人たち、婦人たちが揃ってざわついた。衛兵はかろうじて直立不動を保っているけど、幽霊でも見たような顔をしている。
「辺境伯様のあの表情ご覧になりました?」
「まるで雪解けのようだわ……」
「ああ、失神してしまいそう」
「あちらのご婦人なんてもうお倒れになっているわ」
「隣にいるご令嬢はもしや辺境伯様の……?」
「あれが噂の『銀月の妖精姫』か」
「まだ幼いのにあれだけ美しいとは。将来が楽しみですな」
「銀月の君を見られるのも貴重なのに、噂の銀月姫も一緒に見られるなんて私達ツイてるわ!」
「お二人が並ぶとそこだけ世界が違うようですわ」
……全部筒抜けなんですけど。もうちょっと声を落としてほしい。
お父様がさっきから険しい顔をしていたのはもしかして牽制かしら? でもさっきの表情で牽制が台無しになっている気がする。ほら、どっかの貴族が近づいてきた。
察知したお父様は私の肩にそっと腕を回し、歩く速度を速めた。
そしてお父様が近づこうとした貴族を一瞥すると、その貴族は固まって立ち止まってしまった。
お父様、まるでメドゥーサね。あまり人のこと言えないけど。
ちら、と婦人たちの方を窺い見ると、皆羨ましがるような視線を私に向けていた。
ふふん、良いでしょ。かっこいいでしょ、私のお父様。
私は心のなかでドヤ顔をした。
王宮の正面玄関を出ると、ヴィエルジュ家の馬車が既に迎えに来ていた。タイミングが良い。
「婚姻のことは気にしなくて良い。自分のことに集中しなさい」
「はい、ありがとうございます、お父様。お仕事頑張ってくださいね」
「ああ。――ブランザ、頼んだ」
「はっ」
レイと馬車に乗り、私は帰路についた。
城壁が夕日に照らされて橙色になっている。
座席に寄り掛かると、どっと疲れが押し寄せてきた。お父様に会って絶世のイケメンのマイナスイオンを浴びてお茶会の疲れが癒されたはずなのに。
子ども同士の交流は一応持ったし、あとはひたすら魔力アップと冒険者になるための戦闘訓練に集中できる。
お父様との稽古、楽しみだなぁ。
私の心はもうそればっかりだった。
私は窓の外の橙色に染まった景色を眺めながら、これからの王都での生活に思いを馳せた。




