28.新たな問題
「他に何かあるか?」
ハインの言う通りお父様は面倒見が良い。私が娘だからっていうのもあるけど、執務で忙しいのにこうして時間をとってくれるし、私に他に悩み事がないかちゃんと聞いてくれる。人外級に顔が整いすぎて見た目は無慈悲そうな冷たい印象があるけど、全然そんなことはないのだ。
「あの、先程のお茶会で聞いた話なんですけど、私がユアン殿下の婚約者候補になっているのは本当なのですか?」
どうかデマであってくれと思いながら尋ねたけど、お父様がため息混じりに「本当だ」と頷いた。
うげ。やっぱりそうなのか……
「でも私、王家に嫁ぎたくありません」
「わかっている」
もし軍のトップであるお父様でさえどうにもできなかったら……いっそ殿下に嫌われる行動でもとって候補から外してもらうしか……
「そんな思い詰めなくても大丈夫だ」
「え? でも……」
「中立派の貴族たちが言っているだけだから私が突っぱねれば大したことはない。王家との血縁もあるからな。それよりも問題なのは侵略派の貴族だ」
「侵略派? 何が問題なのですか?」
「ディアナを侵略派の貴族家と婚姻を結ばせ、軍の力を手に入れようと考えている。侵略派の貴族は数が圧倒的に多いが、婚姻相手はおそらく侵略派筆頭のシュタインボック公爵子息のエルンスト・シュタインボックになる。今日の茶会にいたはずだ。話したか?」
私は目を瞠った。お茶会のとき、私と目が合って固まってしまったあの顔が思い浮かぶ。そして帰り際に感じた嫉妬のような眼差し。今まで私をひと目見て固まったり惚けたりする人が多かったから余計あの視線が気になった。
「いえ、話していませんが……え、もしかして私がシュタインボック家に嫁げばお父様の軍で黒竜を討伐できるってことですか!? そんなの絶対ダメですよ! だって黒竜は……!」
「ああ、月の女神の弟神だからな。そんなことは許されない。魔獣を結界に閉じ込めていられるのは女神のおかげだ。そんなことをしたら女神の怒りを買い、最悪国が滅ぶ。だが侵略派はそんなことを知る由もない」
魔獣を浄化するために、黒竜を助けるために女神様から力をもらったのに、私がシュタインボック家に嫁ぐことになったら本末転倒じゃない!
「ではやっぱり黒竜は女神様の弟神だと公表するべきでは……」
「そうするとその情報源はどこか探られ、ディアナの本来の力まで明るみになる」
私は青褪めた。
「そんな……では、どうすれば……」
「万が一ディアナがシュタインボック家と婚姻を結んだとしても、私が軍を動かさなければ黒竜を討伐なんてできないし、陛下も慎重になるだろうから討伐命令はすぐには出さない。その点は安心しなさい」
確かにそうよね。お父様が軍を率いなければ意味がないもの。
「それに10年後、ディアナが魔獣を浄化し黒竜を救えば、自ずとこの婚姻問題はなくなる。好きなところへ嫁げば良い」
「……」
いや、もはやどこにも嫁ぎたくない。ずっと領地にいて冒険者やってたい。楽しく異世界ライフを送りたい。……あれ? 魔獣がこの国からいなくなったら冒険者できなくならない? それは困るな……いやいやそんな私の個人的な願望より、この国に魔獣の脅威がなくなることがこの国の人たちにとって一番望ましいに決まってるわ。困るだなんて、そんなこと思っちゃダメね。
今まで女神様にお願いされたことだから浄化魔法を使えるまで魔力を増やさなきゃって思ってたけど、これは自分のためでもあるんだ。派閥に振り回されないようにするために。
魔力の効率的な増やし方を学んだ今なら10年後までに15万魔力値までいけるかもしれない。領地に戻ったらまずは上級魔法を全て網羅できるようになろう。
平穏な異世界ライフを送るため、私は目標に向けて改めて意気込んだ。
すると、お父様が真剣さを帯びた夜明け色の瞳で私を見ているのに気づいた。そして薄い唇が動く。
「ディアナ、領地から王都の屋敷に移れ」
予想外のことに、私は目を丸くした。
「え、何故ですか?」
「魔塔主である魔法師団長が結界魔法の研究を進めているが、間に合わない場合はこの国の平穏はディアナの月属性魔法にかかっている。だが、親としてお前一人に背負わせるつもりはない。成功に導くために私が戦い方を教える」
魔法師団長が結界魔法の研究? いやそれよりも……
「稽古してくださるのですか!?」
私は嬉しすぎて思わず前のめりになった。
「ああ。魔法がメインだが、片手で剣を扱えるようになったら両方を組み合わせた戦い方も教えよう。10年後までに魔力値を浄化魔法が使えるまで上げる。そのための冒険者も、私と戦ってなっても良いと思えたら許可をする」
私はぞくぞくと鳥肌がたった。
お父様は剣士だけど、魔法も魔法師団長に引けを取らないって噂だ。全騎士の憧れであるお父様から直接戦い方を学べる……! ワクワクしないわけがない!
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
私の満面の笑みにお父様もほんのり口角を上げた。




