2.女神様からのお願い
きっと私は今とてもアホな顔をしているに違いない。
ちょっと落ち着こうと紅茶をひと口飲んでみる。あ、美味しい。
えっと、要するに私は神様のうっかりで死んでしまったけど、こっちの世界ならすぐに転生できるよってことだよね?
はぁ、うっかりミスで死ぬとか。もし私が充実した毎日を送っていたらその神様に怒ったり嘆いたりしたかもしれないけど、実際は特に楽しいと感じることもなくロボットみたいな生活をしていたので、まぁ、しょうがないか、くらいの気持ちだ。
むしろ違う世界に転生できることに胸が躍っている。あれだ、最近流行りの異世界転生というやつだ。まさか自分の身に起きるなんて。
「あなたがこちらの世界に転生してくれると嬉しいわ」
私が何も言わないからか、女神様は伺うような視線だ。
そして金色の瞳を伏せる。何か心配事があるような、焦っているようにも感じられた。
それにしても睫毛なが。白銀だよ。
はっ、いけないいけない、何か言わないと。
「あの、“こちらの世界”って、もしかして魔法が使えたりしますか?」
「ええ、使えるわ」
女神様が柔らかく微笑む。
「え! 本当ですか!?」
「ふふ、本当よ。こちらの世界の生き物は全て魔力をもって生まれてくるの。転生すればあなたも魔力もちになって魔法が使えるわ」
まさに異世界転生だわ。
生きていたとき、魔法が使えたらどんなに楽かと思ったことも一度や二度じゃなかった。家から瞬間移動で会社に行けば毎朝満員電車に乗らなくて済むのにとか、仕事から帰宅後の家事なんかも魔法でひょひょいってできたら、とか。
ふふ。魔法よ魔法! 私にも魔法が使える……!
「どうかしら? こちらの世界に転生する?」
「転生します! よろしくお願いします!」
私は目をキラキラさせて力強く返事をした。
女神様はなんだかほっとしたような顔をしている。
そして、満月のような瞳に力を込めて私を見つめた。
「転生を受け入れてくれてありがとう、美月。それでね、お願いがあるの」
「なんでしょうか……?」
ひどく真面目な表情の女神様のお願い。なんだろう。転生もタダじゃないってことかしら。女神様、手口が詐欺師みたいですよ……
「あなたがこれから転生する、私が守護するルナヴィア王国には魔獣が多くいるの。魔獣は結界によって森から出られないようになっているのだけど、近々結界が破れててしまうの。それを防ぐために、あなたに私の神力を授けたいの。私の神力を使えば、結界を張り直すこともできるから。ここまで良いかしら?」
「え、あ、はい」
魔獣はまぁ、異世界あるあるだからいるのはわかるとして。
女神様の神力? を私にって? 何故私に?
「550年前、まだルナヴィア王国が興る前の時代には魔獣が存在しなかったのだけど、空気中に含まれる魔素が毒化してしまった原因で森に住む動植物が魔獣化してしまったの。その土地の人間たちは魔獣に襲われ、人間たちは戦い続けたけど、脅威的な魔獣の前にはなす術がなかった。そこで私は大満月の日に生まれた一人の人間に、満月を通して私の神力を与えたの。一夜限りでしか使えない力だけど、その人間は魔獣を森に閉じ込め結界を張ってくれたわ。結界の効力はおよそ200年。200年周期で現れる大満月の日に生まれた人間に私の神力を与え結界を張り直すことをこれまで二度行ってきたのだけど……結界の効力年数が結界を張る人間の魔力量によって違うことから、ズレが生じてきたの」
「ズレ、ですか」
女神様は瞳を伏せる。
「今から15年後に結界が破れてしまうわ。そして、次の大満月は今から30年後。……間に合わないの」
「そんな……! 大満月に生まれた人間でないとダメなんですか?」
「大満月の生まれの者が、私の神力との親和性が最も高いの。そうじゃないと、満月を通して私の神力を与えられないから」
「そうなんですか……」
でも大満月が30年後なら私に神力を与えても意味が……
何を疑問に思っているのかが顔に出ていたのか、女神様が私の疑問に応える。
「今まで私の神力を与えた人間は3人いたのだけど、元々その人間が保有する魔力に私の神力を纏わせただけだった。でもあなたの場合は違う。あなたは今魂の状態なの。だからあなたの魂に直接私の神力を与えられる。つまりあなたの魔力が私の神力そのものになるわ」
私は目を丸くした。ていうか私今魂の状態なんだ。
「それと、私の神力には結界魔法だけではなくて、治癒魔法と浄化魔法もあるのだけど、浄化魔法まで使えれば毒化した魔素を正常に戻すことができるの。そうすれば魔獣は生まれなくなって結界も必要ではなくなるわ」
な、なるほど……つまり、転生したら私は女神様の神力を使って魔獣を倒さないといけないってことかしら。平穏な異世界スローライフを送るつもりが、まさかのハードライフ……
さらに女神様は追い打ちをかける。
「美月には何としても浄化魔法を使えるようになって欲しいの。そして、私の弟を助けて……!」
「お、弟ですか!?」
私は仰け反った。
え、待って。女神様の弟ってことは、その弟も神様ってことよね? え、どういうこと?
「ちなみにその弟さんは今どこに?」
「ルナヴィア王国の最北にあるランデル山脈にいるわ。……黒竜の姿をしているの」
まさかの弟さん、黒竜だった!神竜ってやつなのかな。うわ、めちゃくちゃかっこいい……
「その黒竜を助けてほしいというのは、黒竜を浄化すれば助かるのですか?」
女神様が頷く。
「ただ、浄化魔法は魔力消費がとてつもなく高い魔法なの。結界を張った3人は神力を与えても浄化ができるほどの魔力量には達しなくて。だから結界だけに専念してほしくて治癒魔法も教えなかったんだけど……美月、大変だと思うけど、あなたには何とかして浄化魔法を使えるようになってほしい。本当は私がやれば良いのだけど、天界の神は人間界に直接干渉してはいけない決まりなの」
お願い、と言って女神様は懇願した。
神様にお願いされるなんて、なんだかいたたまれない……
でもなんとなく、私の役割はわかった。
15年後の結界崩壊までに魔力を増やして浄化魔法を使えるようになる。
そして毒化した魔素と黒竜の浄化をする。
……なんだかこれって、乙女ゲームのヒロインみたいな役回りじゃない? 攻略対象者とか出てこないよね?
私はそんなのが出てこないことを目の前の女神様に祈った。




