20.いざお茶会へ
王妃様のお茶会当日。
私の気分とは裏腹に、空はスッキリとした冬晴だ。サジテールの月(12月にあたる)に入ってから、王都も肌寒くなった。
王宮へは昼食後に馬車で向かう予定だ。なので午前中は今まで通り、騎士団の訓練場で汗を流す。少しでも憂鬱な気分を紛らわしたい。
木剣の扱いも基本の型もだいぶ様になってきたので、ここに来てからはハインとレイと打ち合い稽古を始めている。
まだ剣術を習い始めて2ヶ月ちょっとだけど、私には思うところがある。
この国の騎士や、魔法使い以外の冒険者は戦闘時、武器のみを使用するらしい。武器に魔力を纏わせて威力を上げる戦い方だ。魔法属性があるのに、武器で戦いながら魔法は使わないみたいなのだ。“使えない”が正しいらしいけど。
その理由は、ほとんどの人が魔法を放つのに長ったらしい詠唱が必要なのと、魔力を武器に纏わせて戦うのが昔から主流であるのと、魔法を使えば魔力切れが早まるからだ。あとは単純に武器を持っていない方の腕はもう一つの武器で塞がるか、バランスをとったり相手に切られないようにしたりするから魔法が使えないという理由もあるようだ。
ヴィエルジュ家の剣術は多様な攻撃の型をもち、複数相手に立ち回れる動きをする。対魔獣に特化した剣術だけど、他国との戦争時にも役に立つ。私も護衛騎士2人に教えてもらっているけど、私はできれば魔法で戦いながら剣も扱えるようになっておきたかった。剣があれば不意打ちにも対応できるし、防御もできるし。
「ねえ、ハイン。魔法で戦いながら剣も使えるようになりたいんだけど、そういう稽古ってできたりする?」
今日の稽古相手であるハインに尋ねてみた。
「両方ですか? うーん、俺もそうですけど、騎士の大半は魔法を使わないのでそういった稽古はちょっと難しいですね」
「やっぱりそうだよね」
それならもう個人でやるしかないかな。
「あ、総長なら両方使って戦闘することもあるんで、総長に稽古つけてもらうのはどうですか?」
「えっ、お父様に!?」
私は目を丸くした。お父様に稽古してもらう発想が全くなかったから。だってお父様と一戦して許可が出ないと冒険者になれないから、そのお父様に直に指導してもらうってことが思い浮かばなかったもの。それにお父様はほとんど王都にいるし、忙しいお父様に私のために時間をとらせるのも申し訳ない気持ちもあった。
「それは無理だと思うわ。お父様、最近さらに忙しいのか、せっかく王都に来たのに全然顔を合わせていないもの」
久しぶりにあのご尊顔を見れると思って楽しみにしていたのに、夜遅く帰ってきて朝早く仕事に行くから全く会えていない。お父様と挨拶だけでもって早起きしても、それよりも早く既に屋敷を出ているのだ。お父様、働きすぎじゃない? あの美顔にクマができていたらどうしてくれよう。仕事減らしてって王様に文句を言いたい。言えるわけないけど。
私が王様に憤っていると、ハインがくすりと笑った。
「総長はどんなに忙しくても、俺達の稽古は必ずしてくれるんですよ。領地に帰って来たときはそれはもうみっちりと。……思い出したら吐き気がしてきた……うっぷ」
「……」
思い出すだけで顔色が悪くなるくらいハードなのね。でもお父様って意外と面倒見良いんだ。人外級の美貌をもち、国軍の総長で、隣国との戦争に勝ったりSランクの魔獣倒せちゃうくらい強くて、その上部下の面倒見も良いなんて、この国の人皆が憧れるのもわかるわ。益々尊敬する。
「失礼しました。えーっと、何でしたっけ。あ、だからディアナ様の稽古もきっとしてくれると思うんで、その相談も兼ねて茶会の後総長に会われてはどうですか?」
「え、そんなことできるの? 仕事の邪魔にならない?」
「ほっとくと全然休憩しないらしいんで、大丈夫ですよ。団長に伝えときますね」
「わぁ、ありがとうハイン!」
「うっ、妖精姫の光線……!」
眩しそうにしているハインに気に留めず、私は底辺だった気分が上昇した。2ヶ月ぶりにお父様に会えると思うと心がサンバを踊る。
別の場所で稽古をしていたお兄様の声がした。
「ディアナー、そろそろ支度しに戻るよ」
「はーい!」
支度を終え、軽めの昼食をとった後、私とお兄様は王宮へ出発した。
護衛にはレイとお兄様の護衛騎士であるハインと同じ第1騎士団副団長のイヴァン・マイヤーだ。さっぱりとした青髪にきりっとした青灰色の瞳をもつ鋼鉄さのある美形だ。すらりと背が高く、細マッチョなハインと比べて鍛え抜かれた体躯をしている。
馬車に揺られている中、私は緊張で吐き気がしてきた。決して馬車酔いではない。
王妃様主催のお茶会ということで服装にも気を遣っているのでいつもと違う感じがする上に、お茶会という名の戦場に向かっているのだ。そしてそこには「女神の化身」の血筋の者たちがいる。十分に注意を払わないといけないし、警戒を悟らせてもいけない。それに自分で墓穴を掘らないように慎重にならないといけないため、緊張感が半端ないのだ。
私は王宮に着くまでずっと深呼吸をして心を落ち着かせた。私の様子を見てお兄様は何度も大丈夫だと励ましてくれた。
今私は金の瞳じゃなくてお父様と同じ青い瞳にしている。お父様が常に一緒にいると思えばいくらか安心できた。ステータスも再度確認して問題ないし、魔力もきちんと遮断できている。大丈夫、あとはお母様に習ってきた通り令嬢らしく振る舞えば、怪我もなく戦場から戻って来れるはずよ。




