173.転移の魔道具作り(1)
ヘレネの森の浄化から2日後の午後。少し小雨がぱらついている。
ハルトさんに再び魔塔に行く約束を取り付けたので、護衛のレイと一緒にヴィエルジュ家の馬車で魔塔に向かう。今回はディアナとして行くので変身も分身も必要ない。
「レイは魔塔は初めて?」
「はい。なのでどういうところなのか少し緊張します」
「レイでも緊張したりするのね」
クールビューティーなレイは常にキリッとしていて、どんな時でも冷静に見えていたから。
「ディアナ様も初めてですよね? 今回はどうして魔塔へ?」
本当は初めてじゃないけど、ディアナとして行くのは初めてだからきちんとそう装わないとだ。
「魔道具作りに興味があって。この間の立太子の儀の後に小公爵様と話す機会があったんだけど、その時に興味があるって言ったら魔塔に招待してくれたの」
用意していた理由をレイに伝える。順番はかなり違うけど興味があるのは嘘じゃないからスラスラ言えた。
「そうだったのですか。でしたら将来は入塔ですか?」
「一応そのつもり」
「なるほど。あそこは魔法師団の入団試験を受けなければならないのですが、ディアナ様なら容易に突破するでしょう」
「ふふ、だと良いな」
転移の魔道具を作ればハルトさんから推薦状をもらえるみたいだから試験を受けずに魔塔に入れるんだけどね。
そう内心苦笑いを浮かべて、窓に姿を現した魔塔を見上げた。
馬車から降り、魔塔の扉の前にレイと一緒に立つ。
「許可証はある?」
「はい、ここに」
そう言ってレイは首から下げたネックレスをつまんで見せた。
私は確認の頷きをして、扉に付いたインターホンを押した。
電子音が鳴る。
「このボタンは何なのです?」
あ、しまった。普通に押しちゃってた。
「あ……訪問の合図みたいなもので、事前に小公爵様に来たらこれを押すように教えていただいていたの」
「そうでしたか」
ふう、と内心でため息をつく。
1,2分待つとガチャリと扉が開き、以前のようにリード副団長が出迎えてくれた。
「ディアナ・ヴィエルジュ様とレイ・ブランザ様ですね。お待ちしておりました。さあ、どうぞ」
笑顔で扉を引き私たちを中へ招き入れる。
レイが物珍しげに辺りを見回している。
「初めまして。今日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ。私はアシュレイ・リードと申します。魔法師団の副団長をしております」
「存じています。先の闘技大会で魔法の部で審判をなされていましたね」
リード副団長は一瞬言葉を失った。
「……失礼しました。銀月姫に私のことを知っていただいているとは思いもしなかったので驚いてしまいました。いやぁ、総長に瓜二つでとてもお美しい」
銀月姫て……友人以外の人たちが私のことをそう呼んでいるのは知っているから、まぁ良いんだけど。
「銀月姫が魔塔にいらっしゃることを団長から聞いたときは魔法師たち皆歓声を上げましたよ。護衛の方もお美しくて魔塔の中が一気に華やかになりました」
お世辞皆無の裏表のない笑みで率直に言うので、どう返したら良いのかわからない。とりあえず微笑んでおいた。
副団長が手の甲で眩しそうな素振りをする。
「ああ、神々しい……」
「……ディアナ様」
「……」
だって真顔で返すのもどうかと思って。
お兄様には「人前で軽々しく微笑んではいけない」って昔から言われているんだけど、それだと「とりあえず笑って流す」ができないのよね。お兄様はやってるくせに。
「はは、いや、失礼しました。ここで立ち話もなんですね、さっそく団長のところへご案内しますね」
「あ、その前にリード様、もし宜しければ魔法師のどなたかとレイと訓練をさせていただくことは可能でしょうか」
予想外に私が言うものだからレイは目を見開いた。
ハルトさんの部屋で転移の魔道具を作るところを見られるわけにはいかないもの。ちゃんとした手順を無視して作るからね。ごめんね、レイ。
「構いませんよ。今の時間ですと誰かしらは自主練習をしていると思うので、まずは2階にある訓練場に向かいましょうか」
「ありがとうございます」
以前来た時のようにエスカレーターまで案内される。
「これは一見階段のように見えるでしょう? でも少し違うんです」
リード副団長が得意げに説明する。私はこれで2回目、というかエスカレーター自体を知っているのでそれを悟られないように、でも適度にリアクションをして聞いていた。
「ではどうぞ、この上に乗ってください。動きますから手すりに掴まってくださいね」
3人でエスカレーターに乗り、私は「わあ、立ったまま登れるなんてすごく便利ですね」なんて言って2階まで登った。
2階はひっそりとしていた。訓練の音も聞こえない。
と思ったら、通路沿いの扉をリード副団長が開けた途端、爆発音が轟いた。
中を覗くと青紫色のローブを羽織った男女3人と緑色のローブを羽織った男女3人がいた。上級魔法師と中級魔法師が階級関係なくチームを組んで戦っていた。お互いに様々な魔法を繰り出しても廊下まで聞こえなかったのは、テニスコート2面分のこの室内にはきちんと防音が備わっているみたいだ。
「訓練中ごめんよー! ちょっと今良いかーい?」
リード副団長が6人に向かって声を上げ手招きした。
6人が小走りでこちらに来る。そして私を見た瞬間皆揃って一時停止した。
「どうしたの? ちょっと遠くない? もうちょっとこっちに来てよ」
副団長に言われ上級魔法師の男性を先頭に6人は恐る恐るといった感じであと5,6歩近づくも、私たちから3mくらい離れたところで止まった。
「……あの、副団長……これ以上はちょっと……」
上級魔法師の男性が顔を引きつらせて言う。
「申し訳ありません、銀月姫」
「いえ、構いません」
お父様の娘が突然来るんだもの。そりゃ距離を取りたがるわよね。
リード副団長に言った後、私は魔法師の男女6人に向き直った。
あら? あの人なんか見覚えがあるわね……
上級魔法師の茶色の髪に浅葱色の目をした若い男性に既視感があった。
あ、あの時の……!
次回は11/25(火)に投稿致します。




