幕間(25)ー1
〈――そうか。なら今はディアナの元にあるんだな?〉
〈〈さりげなく足元に置いたら拾ってくれたんで。でもお嬢、めっちゃ不安がってますよ〉〉
〈焦る気持ちもわかるが、起きてしまったことをいつまでも気にしては冷静に対処できない。こちらが落ち着いたらディアナに連絡するが、それまでディアナが先走って行動しないよう見張っておけ〉
〈〈了解っす〉〉
窓辺に立っていた私はヘンデとの念話を終えた。
ヘレネの魔獣の浄化は成功したようだ。
窓に差し込む金色の光で、王宮の防衛省の区画にある執務室からでも予定通り浄化が行われたことがわかった。王宮内がどこもかしこも騒がしいことから王都の東からの異様な光に気づいた者が多いようだ。
浄化が完了したのなら、魔獣の消滅の確認のために早急にヘレネに騎士団を派遣しなければならない。
私は何でも事前に準備したがる性分だが、今日浄化されることがわかっていても派遣する騎士団をあらかじめ待機させておくことはできなかった。突発的なことを装うのは案外難しい。
それからヘンデの報告はもう一つあった。
ディアナが日常的に着けていたネックレスの魔石が割れ、ディーノの剣圧から逃れるため転移したその間際に落ちたそれをヘンデが回収したとのこと。そしてネックレスは今はディアナの元にある。
Sランク剣士ディーノ……確かあいつは魔力感知ができるのだったな。ならば浄化の炎から「ミヅキ」の魔力を感じ取った可能性が高い。さて、どうするか……
調査上、ディーノは自身の考えや心情を誰かに話すような性格ではない。「ミヅキ」を好敵手とみなしている節はあるが、風竜の逆鱗譲渡の恩がある。それに家族を守るためならば黒竜討伐も厭わないという情の厚さもある。軽々しく吹聴したりはしないだろうが……
〈〈主〉〉
〈……ロイか〉
ディーノに付かせている影からの念話だ。ちょうど良い。
〈〈皇国の間者が1人ヘレネにいたので拘束致しました〉〉
静かに息をつく。
やはりか。おそらく自国の精神病の原因を探るためこの国を嗅ぎ回っているのだろう。
〈そうか、ご苦労。王宮に連れていく前に一旦屋敷の地下牢に入れておけ。聞きたいことがある〉
〈〈御意〉〉
〈ディーノの様子はどうだ〉
〈〈……ヘレネでも魔獣が消えたことに憤慨しています〉〉
〈まだ森か?〉
〈〈いえ、他の冒険者たちと乗合馬車に乗って王都に向かっているところです〉〉
〈「ミヅキ」について話している様子は?〉
〈〈今のところありませんが、森の中では金色の炎を見つめて「なんでここからミヅキの魔力がするんだ?」と呟いていました。疑問には思っているようです〉〉
〈……わかった。引き続き監視を。「ミヅキ」に接触しようとする動きがあれば知らせろ〉
〈〈御意〉〉
こうなれば、「ミヅキ」は私の依頼人ということにしておいた方が良さそうだな。その方が秘匿性が高まる。
「ミヅキ」の力はまだ公にされるわけにはいかない。今の状況では。
皇国が精神病に侵されている今、「ミヅキ」の浄化もしくは治癒が唯一の薬だ。魔獣を消滅させた力が精神病を治せるとは限られた情報の中で皇国側はすぐには直結しないとは思うが、万が一その力が「ミヅキ」にあると皇国に知られれば手段を問わず連れて行かれるだろう。間者もいることだ。
ドラゴンを単独討伐する「ミヅキ」がそう安々と捕まるわけがないとは思うが、そこまで起きないようにするべきだ。
廊下を歩く足音が聞こえた。聞き慣れた足音だ。
最後に、ディーノがローレンの森で依頼を受けたらそれも知らせるように伝えて念話を終えた。
執務室の扉が開く。
「失礼します。総長、シュティア領に駐屯している第2に早馬を出したのでアルデバランにて合流可能です。第1の招集は既に完了しております」
「ご苦労。ファビウスを呼んできてくれ」
「了解しました。魔法師団にも要請はしなくてよろしいので?」
「ああ、騎士団だけで良い」
魔法師の中には魔力感知ができる者もいる。光は収まっているが、もしまだ森に「ミヅキ」の魔力の痕跡が残っていたとしたら厄介だ。
「わかりました」
副官のジェフリーが執務室を出て行く時、開け放たれた扉のところで会話が聞こえた。
「総長、陛下の侍従です」
「どうした」
「失礼致します、ヴィエルジュ様。陛下がお呼びです」
月の石とやらが手に入ったのだろうか。
「わかった。すぐに行く」
緩めていたタイを締め直した。
まだディアナに連絡できそうもない。
次回は11/18(火)に投稿致します。




