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19.王都に来ました

そして現在、王妃様のお茶会に出席するため、王都のヴィエルジュ家の屋敷に向かっている。

順調に進めば、お茶会の1週間前に着く予定だ。


馬車の中には私とお兄様と護衛騎士のレイがいて、もう一つの馬車にはシェリーとお兄様の侍従のロイドが乗っている。護衛にはハインを含めた6人のヴィエルジュ第1騎士団が馬で並走している。めちゃくちゃ強いと評判のうちの騎士団がおっかない顔をして護衛しているから、その辺の盗賊も無闇に近づいたりしない。


私は外との気温差で曇った窓ガラスを手で撫でつけ、現れた窓に映る自分の憂鬱(ゆううつ)そうな顔をしばし眺めた。


「いつまでもそんな顔をしていると、そんな顔が好きな変態に目をつけられるよ」


向かいに座るお兄様を見やる。


「そんな人いる?」


「いるかもしれないし、いないかもしれない。ほら、せっかくの初めての王都なんだから」


ほんとよね。せっかくの王都なのに王族と貴族とお茶会なんて。楽しみと憂鬱の天秤があったら憂鬱の方に傾いているわ。でも良い加減気持ちを切り替えないとお兄様に迷惑よね。


私は会話で気分を紛らわすことにした。


「お兄様、社交シーズンはもう終わっているのに、どうしてこの時期にお茶会をひらくのか知ってたりする?」


「ああ、それはね。ディアナの洗礼式の後、他家からお見合いの釣り書とかお茶会の招待状とかよく来てたでしょ? 全部断っていたら、領主貴族が陛下に頼んだのか、陛下が父上に頼んだらしくて。それでも父上は何度も断ったらしいんだけど、耳に挟んだ王妃様が、だったらディアナと年の近い高位貴族の子息令嬢とお茶会をするのはどうかって提案されたみたい。子ども同士だったら問題ないでしょ、みたいなね。父上も陛下相手だったら断れたみたいだけど、王妃様は昔からちょっと苦手なんだって」


くっ、王妃様、余計なことを……


私は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ディアナ、顔」


「……すみません」


「表情が豊かなのは良いことだけど、身内以外では自重してね。それと、子ども同士だからって油断しないようにね」


「はい……」


はぁ、また憂鬱になってきた。前世でも友達多い方じゃなかったから、子ども同士でも何話せば良いのかわかんないよ。てかお兄様、何でそんな情報通なんだろ。


「お兄様、そのことは誰からお聞きになったの? お母様?」


お兄様は人差し指を口元に当て、天使スマイルを私に向けて「内緒」と言った。


くっ、許す……


馬車で1週間かけて、昼過ぎに私達は王都に着いた。


50mはある高くて頑丈な塀がどこまでも続いている。検問を通ると、大通りからまっすぐ向かって小高いところに、太陽の光に照らされ輝く荘厳な白亜の城が建っているのが見える。


ここが王都……


どんよりしていた気分がどこかに行った。陽光に照らされた海面のように青い瞳をキラキラさせ、窓から城下町を眺める。煉瓦(れんが)造りの建物が並び、可愛い色合いをしたお店やぱっと見ただけでは何のお店かわからないような造りの建物まであった。

ヴィエルジュ領に比べて王都はまだそんなに寒くはないようで、道行く人達は私達のように厚手の上着を羽織っていない。


スピカの街も(にぎ)わっていたけど、ここもたくさんの人がいて、馬車の中まで喧騒が聞こえる。

何より目立っていたのは、あちこちにいる冒険者たちだ。


「お兄様、冒険者がいるわ」


「この辺にギルドがあるからね。西門と東門を抜けるとそれぞれに魔獣の森があるから王都にはたくさんの冒険者がいるよ。冒険者関連のお店もここが一番多いし」


「お兄様は王都に来たことがあるの?」


「あるよ。僕が6歳のとき、僕と同い年のベリエ小公爵の誕生日パーティーに出席したんだけど、公爵領が王都の南にあるからそれでね」


「そうだったのね……」


ベリエ公爵家! まさかお兄様が既に警戒すべき貴族と面識があったなんて。


「まだ6歳だったのに、他家のパーティーに出られたの?」


「相手も僕と同じ次期当主だからね。同じ中立派だから幼いうちから顔を繋いでおこう、みたいな」


「なるほど」


「僕の誕生日パーティーにも来たんだよ。ディアナはまだ4歳になってないくらいだったから知らないのも無理ないかな。ディアナの誕生日パーティーは身内だけでやるしね。あ、小公爵にも妹がいて、確かディアナと同い年だったと思う。僕も会ったことがないけど、二人とも今回のお茶会に招待されているから会えるよ」


「……うん、楽しみ」


私は苦い顔を必死にこらえた。


大通りをしばらくそのまままっすぐ進み、貴族街に行く石門を抜け東に進む。


城壁に囲まれた王宮がより一層近くに見える。

きらびやかで(おごそ)かな雰囲気を(かも)し出しているけど、きっとその内側は権謀渦巻く王族と貴族の化かし合いがひしめいていると思うと、お茶会といえどこれからそこに飛び込む自分を想像して身震いした。お茶会を侮ってはいけないと私はラノベで知っている。お兄様の言う通り、子ども同士だからといって、油断してはいけない。


貴族街の門を通って30分くらいすると、ヴィエルジュ家の屋敷に着いた。領地のに比べると大きくはないけれど、青い屋根に白い壁が美しい3階建ての建物だ。所々の装飾も派手すぎず、それでいて高貴さが漂っている。


玄関アプローチに2台の馬車が停まり、馬車の扉が開けられると、レイ、お兄様、私の順で降りる。

初めて見る顔ぶれの使用人たちが玄関に勢揃いしていた。一人以外皆一様に惚けた表情をしている。


「おかえりなさいませ。長旅お疲れ様でございます」


「ただいま。アーヴィング、妹のディアナだ。ディアナ、家令のアーヴィングでグラエムの息子だよ」


「初めまして、ディアナです。よろしくお願いします」


あのグラエムの息子? 確かに面差しがなんとなく似ているわ。40代前半くらいの、濃いめの灰色の瞳にぴしっと整った黒に近いグレーの髪。きりっとした目元からやり手な印象を受けた。


硬い雰囲気のあるアーヴィングが、少し表情を緩ませた。


「こちらこそ、よろしくお願い致します。お疲れでしょう、すぐにお部屋にご案内致します」


侍女たちに案内された私の部屋は3階でお兄様の隣だった。中は領地の私の部屋のように青を基調とした内装でとても落ち着く。


開け放たれた窓から少し冷たい午後の風が吹く。バルコニーから見える景色は領地の屋敷の部屋から見える穀倉地帯の景色と違って都会的だ。


景色を眺めていると、どこからか剣を交えるときの金属音が聞こえてきた。ハインたちが手合わせでもしているのかしら。


お茶会は1週間後だし、明日から騎士団に混じって私もやろうかな。きっとお兄様もするでしょうし。気分転換にもなるもんね。



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