171.ヘレネの森の魔獣の浄化(2)
ヘレネの森全体を覆う金色のドーム型の結界に触れる。瞬間、自分ではない他人の魔力を感じた。
そしてそれを壊すための魔力を掌に集める。
せーのっ!!
魔力を思い切り流すと、金色のプラズマが弾けた。
ピキピキと結界が音を立てひび割れていく。
もうちょっと……!
ぐっとさらに流すと、ものの1分でドームの結界がパリンっと弾け散った。
『ガァァァァァァッッ!!』
『グオォォォォォオッッ!!』
途端、いくつもの魔獣の声がこだまする。その空気を切り裂くような咆哮は結界がなくなって喜んでいるかのように聞こえた。
ラヴァナの森よりかは魔力消費が少なく済んだ。あそこよりも森の規模が小さいからか、崩壊が迫って結界がより脆くなってきていたか。どちらにせよ、ローレンの方も悠長にしていられないかもしれない。
ハルトさんが待機している方向を振り返った。
ハルトさん、後は頼んだわよ。
私は魔石を使ってヘレネの森の中心部へ転移をした。
転移した先にはちらほらと冒険者たちの魔力と気配があった。ヘレネの森の中心部分は高ランク魔獣の縄張りであるため、囮と言ったらあれだけど彼らの気配がある内にさっそく取り掛かる。
遮断していた魔力を解放すると、集中するため、目を閉じた。
「『闇夜に顕る繊月に 月の剣を舞い奏で 上弦仰ぐ十三夜 小望の月が満ち満ちて』」
ラヴァナの森と同様、金色の光の柱が曇天の空を突き刺し、巨大な金色の魔法陣が現れた。
「『猶予う月を待ち望み 居座り寝て待つ更ける夜 下弦の籠が揺れる時 有明の彼方に解き放て』」
目を開ける。
「『月の焔』!!」
視界が全て金色に染まり、魔獣の咆哮も冒険者たちの声や剣戟や魔法の音も消え失せ、無音の世界が広がっていく。
大量の魔力が急激に失われる苦痛に耐えながら、どうか全ての魔獣が浄化されることを祈った。
金色の光が炎に変わり、無音の世界から音のある世界へとまた変わっていく。そして金色の炎によって異形の樹木や草花が正常な状態に戻っていった。
はぁ、はぁ、はぁ……
息切れの中、あちこちから冒険者たちの戸惑いや動揺の声が聞こえた。その中に「魔獣が消えたぞ!」という声も混じっていたので無事に浄化が成功したのだとわかって私は安堵の息を漏らした。
――パリンッ!!
……!?
突然ガラスが割れるような音が自分の首元から聞こえた。下を向くと、魔力隠蔽のネックレスの魔石が割れて砕けていた。
驚愕に目を見開く。
っ、まずい!!
私は急いで魔力遮断をした。
魔力隠蔽の魔石が割れたということはその効力を失い隠蔽されていた私の魔力が周囲にわかるようになったということだ。私の魔力はヴィエルジュ家以外知らないけど、「ミヅキ」の魔力はそうじゃない。
浄化の炎から私の魔力を感じる。私はパニックでどうしたら良いのかすぐに判断できずにいた。
その時、手首から声が聞こえた。
〈〈おい! 急にディアナ嬢の魔力を感じたんだが、どうかしたのか!?〉〉
私は縋るような気持ちで口元に手首をもってくる。
〈ハ、ハルトさん!! 魔力隠蔽のネックレスが割れてしまって……!〉
〈〈っ、まじか! とりあえず辺りに隠蔽魔法をかけろ!〉〉
〈でも魔力がもう……!〉
〈〈チッ……俺は外に出てきた魔獣の対処でそっちに行くのに時間がかかる! 魔力感知できるヤツはそういないから大丈夫だとは思うが、不安ならそこから離れて転移の石でこっちに戻れ!〉〉
そうだ、魔力感知できる人って滅多にいないんだったわ。だったら……
〈ありがとう、ハルトさん。やれることをしてから戻るわ〉
ウエストポーチから2本目のMPポーションを取り出し飲み干していく。そして荒い呼吸をゆっくりと整えていった。
少し魔力が回復したのを感じた私は、もう一度魔力を解放しできる範囲で浄化の炎に隠蔽魔法をかけた。ただそれができたのはせいぜい私から半径30mくらいの範囲でとてもじゃないけど少し回復したとはいえ浄化した後に残ったカスカスの魔力じゃ森全体に魔力隠蔽をかけるのは無理だった。それでも「ミヅキ」の魔力をはっきりと残したままここを去るのは不安だった。
再び魔力を遮断する。
ハルトさんの言う通り、魔力感知ができる人は稀だからこの金色の炎が「ミヅキ」の魔力だとわかる人はおそらくこの森にはいないはず。だから大丈夫だとは思うけど、今まで注意して隠してきたものが予想外に表に出ると冷静でいられなかった。
でも、早くこの場から離れた方が良いことは確かだ。
私はウエストポーチから残り1つの転移の魔石を取り出した。
と、微かに覚えのある魔力を感じビクッと心臓が跳ねた。
「あれ、この辺にミヅキがいると思ったんだが……」
っ! ディーノさん!
森の奥から現れた人物を見て再び焦りが押し寄せる。
私とディーノさんとの距離は10m程。
……大丈夫。魔力遮断をしているし、自分にかけた隠蔽も解けていないもの。あとは気配を抑えるだけ……
ただ自分の心臓の音がすごくてきちんと気配を隠せているかわからなかった。
お願い気づかないで……!
「誰だ? 誰かいるのか……?」
!!
私は咄嗟に口元を手で覆った。でもディーノさん相手に気休めにしかならないのはわかっている。
「……」
すると、ディーノさんは何を思ったのか、持っていた剣を横薙ぎに払って魔力を飛ばしてきた。
剣圧が刃となり私の方に向かってくる。
やばい!!
私は持っていた転移の魔石で間一髪でハルトさんのところに転移をした。
「!? ディアナ嬢か!?」
近くでハルトさんの声が聞こえた。辺りを見渡せば、少し離れたところで魔獣が数体倒れていて、辺り一帯の浄化の影響を受け金色の粒子に変わり始めていた。
そして目の前に煌々と揺れている金色の炎に包まれた森を見て、無事ディーノさんの剣圧から逃れられたことがわかった。
その安堵で膝から崩れ落ち、地面に座りこむ。
「はぁ、危なかった……」
冒険者の野次馬が皆茫然とした表情で森を眺めていた。ギルドに報告に行くのか、街の人たちに知らせるのか血相を変えて走って引き返す者もいた。
森を包む金色の炎は幻想的な光景で綺麗なはずなのに、私は早く炎が消えてほしくてゆらゆらと揺れる金色を見つめた。
次回は11/11(火)に投稿致します。




