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幕間(24)

人払いされた静かな執務室にて。


私の対面に座るアルフレートは窓の外の曇り空のように浮かない顔をしている。普段私に見せる太陽のような溌剌とした雰囲気が雲で隠れてしまっていた。


私を呼び出したのはおそらく新たな情報共有のためだろうが、中々切り出さない。この後王太子就任パレードを控えているため最終確認で色々とやることがあるのだが……


「……黒竜が消え、ラヴァナの森の魔獣が消えた。殿下は王太子となり、婚約者も決まった。幸先が良いことが重なっているな」


「ん? ああ、そうだな。あとはヘレネの森とローレンの森の魔獣が消えてくれれば……そうだ、ラヴァナの森のような奇跡はそう起こらないだろうから、この勢いであとの森に関しては掃討作戦でも立てるか」


「……ひとまず様子を見てからで良いのではないか?」


ディアナが浄化をするので掃討作戦など必要ない。


「ふ、お前にしては悠長な考えだな」


「……」


あとの2つの森も浄化されるなどど、言えるわけがない。


「本当に黒竜はいなくなったんだな?」


「何度もそう言っている」


アルフレートは未だ半信半疑だ。去年の今頃、黒竜がルナヴィア上空を滑空したことを直で見てから、アルフレートは黒竜に畏れを抱いている。


その黒竜の正体は新月の神で満月の女神の弟。ところが今はリュトヴィッツ伯爵として我が家で業務に勤しんでいる。思っていたよりも飲み込みが早いことから仕事を割り振ってしまい、しかもきちんと成果を挙げてくれる。優秀な人材が手に入り、おかげで最近は私の仕事も楽になった。


ふ、元黒竜がうちにいるなど、口が裂けても言えないな。


「ドラゴンも一体もいなくなったなら、ランデル山脈に眠っているであろう貴重な資源を採掘し始めても良いかもしれないな。しかも謎の結界もないからその先にも進める。新たな発見もあるだろう」


「……」


「なんだ、その顔は。いなくなったんだよな?」


「ああ……そのはずだ」


私の曖昧な言葉にアルフレートは眉根を寄せた。


ルナヴィア側のランデル山脈は瘴気のせいで荒廃し不気味な植物も多くあったが、浄化後のドラゴン捜索で山全体に緑が蘇っていることがわかった。だからドラゴンは全て浄化されたのだと判断したのだが……本当にそうなのだろうか。


「ドラゴンは頭が良い。もしかしたら山脈を越えて皇国に逃げたのではと……」


「はっ、まさか。ドラゴンがあっちに逃げたなら報告が上がってくるはずだ。皇国からもドラゴンに襲われたなどという情報も来ていない。それに向こう側に行くなら何故今更? ドラゴンは飛べるんだからいつでも山脈を越えられるだろうに何百年もここにいたんだぞ」


「ああ、そうだな……」


アルフレートの言うことは私も考えた。だから杞憂だと。だが、どうも引っかかる。


「はぁ……頭が痛くなるようなことをこれ以上増やしてくれるな」


アルフレートは金糸のような細い髪を気だるげに掻き上げ、そのまま前屈みになり両腕を自身の腿に乗せた。


「シュタインボック公爵のことだが……」


「何かわかったのか?」


「皇国の貴族に『月の石』と称する魔石を商人を通して売っているようだ」


「月の石? 何の魔獣から採れるものだ?」


「どうやら魔獣の魔石ではないらしい。公爵領のナシラにある公爵が所有する鉱山から採れた魔石だそうだ」


「この国でも鉱山から魔石が採れるのか。初耳だな」


ルナヴィアは鉱山はあるが魔石は採れない。魔獣から魔石を採取するか、東の国のへレストリアとの交易で手に入れるかだ。


「何も報告がないということは、公爵は秘密裏にそれを採掘しているということか」


それを皇国に売っている目的は何だ。


「それと、先程影から知らせがあった……皇国では今原因不明の精神病が発生しているらしい。それも皇族と貴族のみだ。お前を呼び出したのはこれを知らせるためだが、まだ公にするつもりはないからそのつもりで」


私は眉根を寄せた。


「どんな精神病だ」


「突然攻撃的になったり、会話が支離滅裂になったりだ。側近の一人が突如乱心した皇子の一人を落ち着かせようとしたら躊躇なく斬り殺されたそうだ」


元々あちらの国の皇族は気性が荒いことで知られているが、それよりもさらにということだろうか。


「……精神病だと治る手立てがないな」


ポーションなどの回復薬は怪我や魔力、体力を回復するためのものだ。風邪や熱冷まし、鎮痛などの効能がある薬草はあるが、精神に効く薬は今のところ存在しない。万能薬であるエリクサーですら精神病の効能はない。


そう考えて、いや、一人だけいる、とディアナの顔がよぎった。ディアナの治癒魔法なら治せるかもしれないが……


内心で即座に却下する。


「度重なる侵攻で皇国との国交は断絶している。こちらが率先して何かをすることはないが、どうもきな臭くてな」


「何かあるのか」


「……月の石とやらの魔石が皇国に渡ってからなのだ、精神病が流行りだしたのは。月の石が出回ってから精神病が流行るまで4,5ヶ月と少し間が開いているためすぐに結びつけるのもどうかとは思うが、嫌な予感がしてならない」


となると、それが皇国に出回り始めたのは去年のウィルゴの月あたりか。


「その魔石は手に入れられたのか?」


「まだだ。手に入れられればすぐに鑑定させる」


「私にも見せてほしい」


アルフレートは黙って頷いた。


もしもその、人を凶暴化させるという精神病が月の石という魔石によるものだとすれば。その石は瘴気に似た類のものだろうか。


瘴気がこの国に発生した大本の原因は新月の神によるものだった。不可抗力であるため責めるつもりはない。鑑定の結果でノヴァ殿との関連が(つまび)らかにならないよう注視しておかなければ。原因がノヴァ殿にあると判明されれば女神が放っておかないだろう。それだけは何としても避けねばならない。それに、ディアナのためにも。


「そうだ、前にお前からの情報でランデル山脈の東端に手続きの踏まれていない建材が積まれているというのがあったな。その後変化は?」


「影からの報告では特に動きはないそうだ。そのまま積まれたまま」


「お前の領地で身に覚えのない建材って少し気になるな。一般人が何も知らずに置いたとも考えられるが、まぁ要観察だな」


「わかっている」


アルフレートがソファの肘置きに寄りかかった時、アルフレートの右手首にはめられた腕輪が袖口から覗いた。


「……特に問題は起きてないか?」


私の金色の魔石に注ぐ視線に気づいたアルフレートが「ああ、おかげで快適だ」と応えた。

次回は11/6(木)に投稿致します。

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