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167.新年の祝賀と立太子の儀(4)

王太子殿下がリリアを舞台上へ促すと、リリアは粛々とした様子で舞台に上がった。


さすが公爵令嬢。王太子妃に選ばれても浮かれることなく、背筋を伸ばし穏やかな笑みを浮かべて立つ様は気品があり、「王太子妃」に値すると誰もが認めざるを得ないような佇まいだ。これがレリア嬢だったら、きっと感極まって喜びを態度に表していたと思う。


リリアが丁寧にカーテシーをして拍手を受ける。桃色の瞳は殿下のようにこの国を背負う覚悟が垣間見えた。


いつの間にこんな目をするようになったのかしら。以前は妃教育をサボりたいって私のところに逃げてきたことがあったのに。余程レリア嬢に負けたくなかったのね。それで努力しちゃうんだから、レリア嬢はある意味良いライバルだったのかも。


殿下が私を婚約者に、みたいな脅しを受けた時はどうしようかと思ったし、リリアに申し訳ないと思っていたから収まるところに収まって本当に良かったわ。


「どうしてっ……!」


途端、背後からレリア嬢の悲痛な声が聞こえた。


「どうして(わたくし)ではないのですか!」


周りの拍手よりも大きな声で嘆くので、拍手が波が引いたように止んだ。


「レリア、やめなさい!」


母親であるシュツェ侯爵が叱責する。


「ユアン様、理由をお教えくださいませ! 私はあんなに頑張っていたではありませんか」


尚も言い張るレリア嬢を周りの貴族たちは冷めた目で見たり同情的な目で見たりと様々だ。


「確かに理由は必要ですな、王太子殿下。またもや中立派から選ばれるというのはどういうことですかな?」


バリトンボイスが前の方から聞こえた。シュタインボック公爵だ。


途端、ホール内の空気が一気に張り詰めたものに変わった。けれど殿下は公爵からの求めに一切顔色を変えず、淡々と発言した。


「リリア嬢が選ばれたのは実力と器量、責任感において私の隣に立つのがふさわしいと王家が判断したからだ。派閥で考えてはいない」


「そんな! それでは私はリリア様よりも劣っているということですの!?」


「レリア、もうやめなさい!」


「……君が何を劣っているのかこの場で明らかにしても良いのか?」


「っ……」


それでもレリア嬢が何か言おうとしたので、これ以上はダメだとシュツェ侯爵がレリア嬢を無理やり連れてホールの外へと出て行った。父親も周囲の視線を浴びて居心地が悪くなったのか、王族に向かって礼をした後、そそくさとホールを後にした。


こういう場で自分の我を通そうとするレリア嬢に私は終始呆気にとられていた。怖い物知らずというか、空気が読めないというか、短絡的というか……これでは妃に向いてないのも一目瞭然だと、周囲に知らしめてしまったも同然ね。母親である侯爵はまともそうだけど、父親が甘やかしていたりするのな。


私はこの冬の間領地にいたからリリアとレリア嬢の戦いは知らない。情報通のお母様に聞けば知ることができたのかもしれないけど、私は私でやることがあったし、というか全く頭になかったのが正しい。


「我が派閥の者が大変な失礼を致しました。どうか寛大な御心でお許しを頂きたい」


殿下は公爵に紫の視線を据え、「黒竜が消えたのなら派閥はもう必要ないと思うがな」と、普段よりも低い声音で言った。


公爵は押し黙り、けれど目は挑戦的で嫌な雰囲気を放っていた。


殿下の婚約発表が最悪の空気で終わってしまったけど、堅苦しい催しはこれで終了した。この後はユアン殿下の王太子就任パレードが城下で行われる。そのパレードには婚約者であるリリアもお披露目と称して一緒に参加するらしい。


貴族たちは解散となっていたため、私はリリアにお祝いの言葉をかけようと思った。けれど、舞台下に降りた殿下とリリアが既に貴族たちに取り囲まれているのを見て、後にした方が良いと察した。


「お兄様はこの後どうされますか?」


「殿下に挨拶したら帰るよ」


「そうですか。私はヴェルソー小公爵に用事があるので終わり次第帰ります」


転移の魔道具について少し話すことがあるからね。


「そう。じゃあ先に済ましておきなよ、まだ殿下たちの包囲網はあきそうにないから」


包囲網って。


少しおかしく感じ、私は笑い混じりに「わかりました」と言った。


ハルトさんを目で探していると、「よう」と艶のある低音が近くで聞こえた。


その声を聞いて肩に力が入った。


「あ、アンリ」


お兄様が呼ぶ。私は気まずさで近くに来たアンリの顔が見れず、アンリのシルバーのジャケットの襟元の刺繍に目を固定する。


この時ベリエ家から私の婿養子選びについて抗議されていることが頭にちらついていた。お父様はのらりくらりと躱してるみたいだけど、どうなっているのかしら。


「もう行ってきたの?」


「ああ、ノアたちはまだだろう? 俺と行けばあの生け垣を通れるが……ディアナ、一緒に行くか?」


アンリが私に腕を出す。


「……お誘いありがとうございます。ですが、私は少しこの場を外しますので」


差し出された腕を見た私は予想外のことに驚きが顔に出ないように貴族の笑みの仮面で防いで恐縮しながら断った。


「……どこかに行くのか?」


「ええ、ヴェルソー小公爵に少々用事がございまして。それでは失礼致します」


アンリが驚く顔をするのもスルーして、私はハルトさんのところに向かった。


アンリはベリエ公爵から何か言われているのかしら。だからアンリは私に近づく……? 領地での婿養子選びはうちでは確定事項だから、アンリの私に対する行動に戸惑って素っ気なくなってしまう。


私では応えられないから、アンリには早く別の人を見つけてほしいと願った。

次回は10/29(水)に投稿致します。

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