166.新年の祝賀と立太子の儀(3)
厳かな音楽を合図に国王陛下、王妃、ユアン王子、ローラ王女が入場すると、開会の挨拶が始まった。
陛下の新年を寿ぐ言葉が朗々とホール内に響く。そして、
「ラヴァナの森の魔獣が消えたことは周知のことと思う。そしてランデル山脈に住む黒竜も姿を消した」
会場内がざわめく。貴族たちの反応は派閥によって様々だ。安堵、悲嘆、無関心、など。
私は斜め右前にいるシュタインボック公爵のわずかに見える横顔に視線を向けた。
唇を引き結び、目線を下に向けている。黒竜を討伐したい願望があった公爵なら清々しい顔というか喜ぶような顔をしているのかと思ったのに、全く逆のように見えた。
「女神による救いだなんだと神殿側が騒がしいが、ラヴァナの魔獣と黒竜の消滅の報はこの国がさらなる平和となる兆しとなった。そのような中で今日、この日を迎えられることは実に喜ばしい。まるで女神が息子を導いているかのように錯覚する程に」
立太子の儀の前にラヴァナの魔獣が消え黒竜も消えたとなれば、このタイミングはまるで女神が殿下を後の国王として祝福しているように思えるのだろう。浄化をした私としては全くそんなことなんて考えていなかったけど。
陛下が私たちを見回すように視線を動かした後、舞台下に控えていた宰相であるエスコルピオ侯爵に目で合図した。
「ごほん。これより、ユアン王子殿下の立太子の儀を執り行います」
ここからは宰相が進行するらしい。舞台にいたユアン殿下が前に出てきた。
新年の祝賀は呆気なく終わり、立太子の儀が粛々と始まった。
久しぶりに見たユアン殿下はいつもの凛とした雰囲気の中に、今まで見たことのない真剣さと覚悟を孕んだ瞳をしていた。
陛下の前に殿下が跪く。肩にかかった紫の長いマントが大理石に広がった。その様子を誇らしげな表情で王妃が舞台の端で見守っている。
「『紫』をもつ者、ユアン・ドュ・ルナヴィアよ。これよりそなたを王太子に任ずる。この国のため、民のために邁進し、己が信念をもって民を導いてゆけ」
「謹んで、承ります」
陛下の被る王冠よりも一回り小さな冠が陛下の手によって殿下の頭に被せられた。殿下の頭の上で紫の宝石が陽の光に当てられ、殿下を祝福するように輝きを放つ。
瞬間、盛大な拍手が沸き起こった。
私も周りにつられて手を叩く。けど、それは他のことに気を取られていたため弱々しい。
陛下が殿下に冠を乗せた時に見えた、陛下の右手首に着けられた腕輪。
見間違うはずがない。あれは私が魔法付与した金色の魔石だった。
以前お父様に言われて空の魔石4つに『スキル無効』と『魔力隠蔽』の魔法を付与したことがあった。そうすることで殿下からの詮索はなくなるだろうって。
私が魔法付与した魔石を陛下が身に着けてて、それで殿下からの詮索がなくなったってことは……
もしかして秘密を知られた相手って、陛下だった……?
その思考に辿り着くと、血の気が引いた。衝撃的過ぎて、いつものように動揺を隠すのが上手くいかない。
幸い皆舞台上の殿下に釘付けで私の様子なんて気づいていないけど、隣に立つお兄様には気取られたと思う。
お父様が機密事項とか言うから王族の中の誰かかなって、私と殿下の婚姻を阻止したい王妃様かと予想していたのに。よりによって陛下だったなんて。
やばい……王家に知られてはいけないのに、まさかのトップオブトップに知られたとか……
無意識に陛下が見えない位置に動き、さらに目線が合わないよう俯いた。
冷静さを取り戻そうと大丈夫だと思える理由を探す。
陛下が私の秘密を知っているのなら殿下と即婚約させるはず。月属性なんてレア属性、手に入れたいに違いないもの。でもそんなアクションはない。何事もなく過ごせている。裏で動いている可能性があるにしても、お父様が手を打たないはずがない。
なるべくポジティブに色々考えたら何とか冷静になれた。
陛下が私が『スキル無効』と『魔力隠蔽』の魔法を付与した魔石の腕輪を身に着けているということは、陛下は相手の秘密を知ることができるスキルを持っているということ……よね? でもなんで陛下は『スキル無効』の魔石を身に着けているのかしら。私への詮索を止めることができるくらいの抑止力がその魔石にはあるということよね。お父様は陛下とは幼馴染だから何か知っているだろうけど、機密事項って言っていたから教えてくれなさそうだわ。
私は小さく息をついた。
気になるけど、それ以上はやめることにした。王家に関わりたくなくてあれこれ遠ざけてきたのに、自分から関わったら本末転倒だわ。
あれこれ考えていたら陛下のよく通る声で我に返った。
「王太子ユアンから、皆に発表することがある。――ユアン」
拍手がやむ。その発表内容に皆検討がついているのか、心待ちにしていたような雰囲気で私だけ置いてけぼりだった。
「王太子という、責任がまた一段と重くのしかかるような任を全うし、この国に、民に恥じない行動を心がけ、この国を導いていく力を身に着けられるようより一層の努力をしていく所存だ」
貴族たちは殿下の力強い言葉を受けて拍手で返した。
「そして、私の横で、これからのルナヴィアを支えてくれる者を今日この場をもって発表をしたい」
一気に会場内にざわめきが満ちた。皆の視線は先頭にいるベリエ公爵家のリリアと、中央付近にいるシュツェ侯爵家のレリアに注がれた。そしてやはりというか、私に対しての視線も多かった。
リリアは後ろ姿しか見えないけど、その背中は公爵令嬢らしく淑やかで慎ましかった。
一方でレリア嬢はというと、自分が選ばれると思っているかのような自信に満ちた表情で蜂蜜色の瞳がキラキラと輝いていた。
私は心の中で何度も「私じゃない私じゃない私じゃない」と祈った。そして一度落ち着かせたのにまた動揺がぶり返す。ここに来てまさかの展開があり得るんじゃないかと内心ビクビクした。
「静粛に」
陛下の静かだけど覇気のある声で瞬く間に静まった。
殿下と目が合う。
私は目を見開き、扇を持つ手に力が入った。静寂な場の中で自分の心臓の音だけがうるさい。
「王太子妃となるのは……リリア・ベリエ公爵令嬢だ」
おお、という歓声が上がる。
私は安堵の息を吐き出し、お兄様の腕を掴んで膝が崩れ落ちそうになるのを防いだ。
次回は10/27(月)に投稿致します。




