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幕間(22)ー1

翌日の朝、馬車に乗ってディアナとエルガファルに向かった。ここからエルガファルまでは馬車でおよそ3時間程かかる。


エルガファルはスピカの北に位置し平地が広がった地だ。俺の印象としては、冒険者ギルドもなく人々の往来も他の街に比べれば少ないからか街の雰囲気は穏やかでゆったりとしている。街の半分程が小麦畑で埋め尽くされているため、収穫時期の夏には一面金色の穂で埋め尽くされる。その圧巻の光景は見る者をしばらくの間恍惚とさせるらしい。ウィルゴの守護する地らしい様相だと思った。


リュトヴィッツ家が所有する小麦畑は春に種まきを行うため、今の時季は休耕している。今回、何も植えていない状態の畑の2割を使って大豆を栽培していく。


ディアナがすることだ、栽培は必ず成功するだろう。だが昨日ディアナから大豆のことを聞いたばかりで俺は大豆がどういう風にこの国の食文化を変えるのかまだ何も知らない。


「大豆が栽培できた後はどうするんだ」


馬車の中で向かいに座るディアナに尋ねる。青い瞳を輝かせながら窓から外の風景を眺めていた顔を俺に向けた。


「あ、まだ言ってませんでしたね。大豆は味噌や醤油などの調味料にも加工できたり、豆乳や豆腐、あと枝豆とか、あ、もやしもできるわね……とにかくいろんな食べ物に変身するので、ノヴァ様にはエルガファルに専用の加工場とか製造場を作って頂きたいです。詳細はまた後ほどということで」


「ふむ。わかった」


「大豆とはそのように万能な豆なのですか?」


ディアナの隣に座る侍女が興味深そうにディアナに尋ねた。


「そうよ。こんな豆」


ディアナはベルトに付いた小さな箱の中から収納袋を取り出すと、その中に手を入れ大豆を1粒取り出し侍女に渡した。昨日の内に1kgのレンズ豆を全て大豆に変えたらしい。


侍女がまじまじとそれを眺め、「可愛らしい形をしているのですね」と豆の角度を変えて感想を呟いた。


「ディアナ様は一体それをどこで手に入れたのですか?」


俺の隣にいるレイという、ディアナのもう1人の女の護衛騎士の鋭い質問に、ディアナは一瞬言葉に詰まった。


「えっと、ごめんね、レイでも言えないの。お父様に秘密にするよう言われているから」


「なるほど、それは失礼致しました」


ディアナは13歳という年相応の振る舞いでジュードを出して誤魔化した。そしてそれはこの護衛には効果があるようだった。ジュードは一切関わっていないのだが。


「でも楽しみにしていて。絶対美味しい料理が誕生するから。あ、世に広める前にうちで試食を重ねていくからレイたちも味見の協力をお願いね」


「もちろんです。楽しみにしています」


淡々と応えるため本当に楽しみなのか疑問だ。だがジュードも似たようなもののため、ここの人間は表情があまり表に出ない者が多いのかと思ってしまう。俺も人のことを言えないが。


ディアナが発案してくれた大豆はこの国の食文化を変える影響力をもつという。そしてそれは俺にとっても重要なものとなるだろう。リュトヴィッツ家をヴィエルジュ家にとって重要な位置づけにするために。


3時間程馬車に揺られた後、目的地に到着した。エルガファルの中心部から東に外れた場所だ。


馬車から降りると、地平線まで遮るものがあまりない広大な休耕地が目の前に広がっている。見渡す限りの土で柔らかな風が土の匂いを運んでくる。


「うわぁ、広い! すごい!」


感動したディアナが畑に駆け出していく。それを侍女が慌てて追いかけた。俺と護衛は2人の後をゆっくりと付いていった。


「よし、まずは耕さないと! っと、その前に……」


畑の縁で仁王立ちしたディアナは振り返って俺に「どこからどこまで使って良いんですか?」と言った。


「ここの畑全部だ」


「え……! これ全部?」


「ああ」


だいたい8ヘクタール程ある。この場所の他にも小麦の休耕地がまだあるため、差し支えない。


「ありがとうございます。予想よりも多く栽培できます」


生き生きとそう言った後、「では耕していきますね」と畑の前に立ち、土魔法を使った。


黄色の魔法陣が畑の上空に現れると、みるみると収穫後そのままだった土が綺麗に耕されていく。その光景に侍女も護衛も唖然としていた。


ディアナは魔力が豊富なため、一度の魔法で8ヘクタールの畑を耕し終え、しかも余力は十分にあるのか表情に余裕を見せていた。


「さて、次は種まきですね。えーっと、確か2,3粒ずつ、20cm程間隔をあけていくから……」


ディアナは侍女に収納袋から大豆を出させ両手に乗せてもらい、それを風魔法で等間隔に土に植えていった。それを何度か繰り返し、大豆をあと半分残して8ヘクタール全てに行き届いた。


ディアナが一息つくと、「ノ……リュトヴィッツ様」と俺を呼んだ。侍女と護衛がいる手前、俺のことは家名で呼ぶ。「ノ」と言ってしまっているのだからわざわざ言い直さずとも良いのに。


「種まきの時季が早すぎることもあって魔法で発芽させようと思っていたのですけど、なんかもう実がなるまで魔法でやってしまおうかなと思いまして……良いですか? ほら、もうすぐ王都に行かないとですし」


やりたい、という好奇心が顔に出ていた。ディアナの怜悧な顔が次々と違う表情に変わるのは見ていて心地が良い。


「ふ、俺に聞かずとも自由にやりたいようにやれば良い」


ディアナは目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。


そしてまたディアナは畑に向き直り、両手を上げ一際大きな黄色の魔法陣を畑の上空に出し、魔法を放った。

次回は10/15(水)に投稿致します。

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