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163.それぞれの思惑

大豆は以前神殿を巡る途中に南の港で魚介類を食べた時にいつか領地で作れたらと思っていたことだ。


「だいず?」


「はい。豆の一種なんですけど、以前から大豆があれば良いなと思っていたんです」


「それは……前の世界にあったのか?」


侍従に聞こえないように私の耳元で言う。その不意の低音囁きボイスにピクッと反応してしまったのを誤魔化すように私は何度も頷いた。


場所的にも気候的にも北海道に似ているこの領地なら大豆に適した土壌のはず。エルガファルもスピカと隣接する街だし、距離が近いというのは準備を進める上で良い。


「場所も気候も大豆を栽培するのに適しているので作れると思うんですけど……問題はこの世界に存在しない大豆の種をどうするかってことなんですよね……」


「スキルで創れないのか?」


いくら魔法創造スキルがあっても魔法で無から有を生み出せるのかは疑問だ。でも試してみても良いかな。


「……ちょっとやってみますね」


私はスキルを発動させ、手のひらを広げ大豆をイメージした。


「……」


「……」


何も起こらない。


扉近くで待機している侍従にしてみたら、急に静かになって2人して何かコソコソしている姿はちょっと怪しく見えただろう。


「できないみたいです。制限がかかってますね」


「……ではどうする?」


無から有は生み出せないとなると……元々あるものをどうにかすれば良いから、何か別の品種の種を大豆に変えて発芽させるとか。それだったら魔法でできるわね。


昔本当に全属性かどうか1人で部屋で確かめていた時、アルバローザの種を発芽させたことがある。後日屋敷のアルバローザの庭園にこっそり植えてそれは元気に育った。むしろ育ちすぎてどのアルバローザよりも大輪になってしまってお母様と庭師のダンが興奮していたのを覚えている。嬉しそうな顔をしたお母様に庭に連れられて見せられた時は素知らぬ顔をするのが大変だったわ。


私の魔法で発芽させると育ちすぎるっていう懸念はあるけど、大豆はたくさん欲しいから問題ないわよね。


それで大豆に変える種は、この国で簡単に手に入るものが良い。


「レンズ豆を大豆に変えます」


「ほう」


この国の豆といったらレンズ豆が主流だ。イタリア料理やフランス料理に近いルナヴィアの料理に多く使われている。


さっそくレンズ豆を入手して魔法で大豆に変えてみよう。


「ちょっと今から厨房に行ってきます! すぐ戻って来ますので!」


私はさっと立ち上がり、侍従が開けた扉を出て急ぎ足で1階の厨房に向かった。




夕食の支度で慌ただしい中、開いていた扉からちょん、と顔を覗かせる。トマトを煮込んでいるのかとても良い匂いがして、さっきケーキを食べたはずなのにもう食欲を刺激される。


「おや、お嬢様。いかがなさいました?」


部下への指示の途中、シェフのダートンが私に気づきこっちを見た。栗色のカイゼル髭が立派な壮年のイケオジシェフだ。料理の腕も確かでお祖父様の代から勤めている。


「忙しいところごめんなさい、ダートン。ちょっと、レンズ豆を分けてほしくて……」


「レンズ豆ですか? 今煮込んでいるのでもう少しお待ち頂ければ……」


ダートンがコンロにある大鍋を見やる。


「あ、煮込んだものじゃなくて、火を通してないそのままのやつが欲しいの。あるかしら?」


ダートンの片眉が跳ね上がる。


「ございますが、何に使うのですか?」


「えっと……栽培をするの」


正直に応えた。栽培はこっそりするつもりはないから。


「栽培、ですか」


ダートンは興味深そうに綺麗に整ったカイゼル髭の片方を指で撫でる。


「お嬢様は面白いことをなされますな。ですが青薔薇の庭園には埋めてはいけませんぞ。ダンが泣いてしまう」


「ふふ、わかってるわ。ちゃんと別のところよ」


「して、どれほど必要ですか?」


「もらえる分だけ」


そう言うと、ダートンが顎に手を添えた。


「そうですね……500、いや1kgくらいでしたら良いですよ」


「え、そんなにくれるの? ありがとうダートン!」


大豆の栽培に成功したら大豆を使ったレシピを一番に教えてあげよう。


「ははは、お嬢様が栽培なさるのならこのくらいの量どうってことないですよ。おいマシュー、お嬢様にレンズ豆を1kg用意してくれ」


「あ、この収納袋に入れてほしいな」


後ろ手で隠していた収納袋をそばかす顔の見習いの男の子(14歳)に渡すと、レンズ豆を1kg入れてくれた。「忙しい時にありがとう」と笑顔で言って受け取ると、「い、いえ……」とマシュー君は恐縮して下を向いてしまった。


「では、お邪魔しました。夕食楽しみにしています」


最後にそう言って厨房を後にし、急いでノヴァ様のいる談話室に戻った。



「もらって来ました」


戻ると、ノヴァ様はまだソファの場所を移動していなかった。


なので緊張気味にノヴァ様の隣に腰を下ろし、収納袋の中から1つレンズ豆を取り出した。


「これを大豆に変えるのか?」


「はい。これならたぶんできると思います」


レンズ豆を手のひらにのせ、スキルを発動させる。


平らで緑色っぽいレンズ豆をまんまるでクリーム色っぽい大豆に変えるイメージをする。


レンズ豆を覆うように金色の魔法陣が浮かんだ。ノヴァ様は体を私の方に向けて侍従に魔法陣が見えないように上手く隠してくれている。


ドキドキしながら魔力を流す。


すると、レンズ豆が金色の光に染まった。


成功を祈りながら光が収まるのを待つ。


1,2分程して光が収縮すると、まんまるの輪郭が現れた。


期待を込めて見つめていると、光が完全に収まりクリーム色をした前世で馴染みのあるものが現れた。


わ、めっちゃ大豆っぽい……!


「これが大豆か?」


匂いをかいでみると、豆乳っぽい青臭い匂いがした。


「そうだと思います。見た目も匂いもそれっぽいですし」


「ふむ、これをエルガファルで栽培するということか」


「はい。大豆は私がいた世界に欠かせない作物で、これがあればこの国の食文化が大きく変わります」


栽培が成功したら醤油とか味噌とか豆腐とかが作れる! ビバ刺し身! 海鮮丼! はっ、こうなったらワサビも必要じゃない!? 沢ワサビは難しいけど畑ワサビならできるかもしれないし。


「食文化が変わる程の……それなら……」


和食が食卓に広がるのを想像するだけでワクワクが止まらない私はノヴァ様の呟きは耳に入らなかった。


王都に出発するまであと4日。まだ時間はあるわね。


「ノヴァ様、明日エルガファルに行っても良いですか? 栽培するのに良い土地があればさっそく植えようかと」


「ああ、俺も同行しよう。ジュードには伝えておく」


「ありがとうございます」


こうして私の望みのための計画が一歩踏み出された。

次回は10/13(月)に投稿致します。

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