161.ノヴァ様とお茶会
1つ深呼吸をしてから談話室に入る。
濃藍の絨毯が敷き詰められた部屋の中央、暖炉の側にある3人掛けソファが並べられたところに、ノヴァ様が座っていた。長い脚を組んで目を閉じていたところ、私に気づいて目が合う。
ドキリとしながら向かいのソファに座ると、すぐに侍従がお茶とお茶菓子の用意をし始めた。
「呼び出して悪いな」
「いえ……お茶会がしたかったのですか?」
「渡すものがあるからディアナを呼んで欲しいとグラエムに伝えたら、ここに通された」
虚をつかれる。
「渡すもの、ですか……?」
「ああ」
ノヴァ様は立ち上がり、テーブルを回って私の隣に座った。
距離が近くなった瞬間、夜の香りにふわっと包み込まれ、平常心を装っていた心がグラグラと揺れ出した。
侍従は用意を終えると顔色一つ変えることなくその場を離れ、談話室の扉の前に立った。
「腕を」
何でもないように演じるのが精一杯で、私は言われるまま右腕をノヴァ様の方へ伸ばした。
ノヴァ様はジャケットの懐から何かを取り出すと、私の服の袖を手首が見えるまでめくり、それを着けた。少し冷たい手に触れられた瞬間、私の平常心は崩れ落ちる寸前にまでなった。
「……少し緩いな」
いつの間にか息を止めていたらしく、ノヴァ様の呟きで静かに息を吸った。
腕に冷たい金属の感触がする。
見ると、ノヴァ様の魔力登録で使っていた黒い魔石のブレスレットだった。闇を体現したような漆黒の石を見つめていると、吸い込まれて閉じ込められてしまいそうな錯覚に陥る。
魔石からノヴァ様へ視線を移した。
「あの、これって……」
「ディアナに持っていてほしい。普段身につけている装飾品には合わないかもしれないが」
ノヴァ様の神力が込められた黒を私が身に着ける……その意味を思って私は心が震えた。
「ありがとうございます。毎日着けますね」
嬉しさの余り、自然と笑みが零れる。
「……」
ふとノヴァ様のジャケットの襟に着けられたブローチに目を向けた。金色の魔石とブラックプラチナの細工で作られたブローチ。耳元には金色のピアスとイヤーカフ。私の手首には黒の魔石のブレスレット……
舞い上がっていた気持ちが徐々に凪いでいく。
ノヴァ様はきっとお互いの魔力が込められた魔石を交換する意味を知らないと思う……もし知っていたら、神であるノヴァ様は人間である私にこんなことをしないもの。だから、単純にお礼とか? 私が色々ノヴァ様にあげちゃっているものが多いからね、ノヴァ様って律儀だし。だから変に期待しない方が良いことはわかっている。
この国ではお互いの色を身に着けることの他にもう一つ、主に女性の憧れである風習がある。恋愛小説に割とよく出てくるのだけど、お互いの魔力が入った魔石を交換することは、「心を捧げ合い、永遠を誓う」という意味がある。その魔石を身に着けると、女性側は愛する人に独占されている心地がするし、男性側にとっては虫除けにもなる。まぁ、色だけでもそういう効果はあるけどね。魔石の場合はもっと意味合いが深くなるというか、「永遠」感が増すというか。
「ディアナ」
「あ、はい、何でしょう」
物思いにふけっていた私はノヴァ様の美声で我に返った。
「俺が身につけている魔石にディアナの魔力を補充してくれないか。残りがもう少ないんだ」
「え? あ、はい……」
ノヴァ様は自身に張られた結界で自分で魔力を補充することはできない。けれど全ての事情を知っているお父様に頼むことができるのに、私に補充させるのは私の魔力が良いと言われているみたいで少し期待してしまう。期待しないと、一喜一憂したくないと予防線を張っているのに、些細なことでそれが揺れてしまう。
私はノヴァ様の襟元のブローチの魔石に手をかざし、魔力を補充した。ピアスとイヤーカフにも同じようにするも、ノヴァ様の柔らかな髪に触れて耳に自分の手を近づけるという行為に心臓が爆発しそうだった。しかも補充する間ノヴァ様は私をじっと見つめるから拷問も甚だしかったので、心の中でずっと般若心経を唱えていた。
何の耐久テストよこれ。一発合格ものよ、私。
ノヴァ様の意図がわからない。好きな人に振り回されて落ち着かない。
聞いてしまえば良いんだけどそんな勇気は私にはない。ドラゴンに立ち向かえる勇気はあるのに恋愛事には全くもって弱腰だった。
グラエムが勧めてくれた小説を早く読みたいと思った。
一旦落ち着こうと紅茶と林檎のパウンドケーキに手を付ける。ノヴァ様のカップが反対側のテーブルに置いてあるのに、向かい側のソファに移動せず、わざわざカップをこちらに持ってきて私の隣で飲んでいる。全然落ち着かなかった。
ノヴァ様の隣でため息をつくのは憚られ、紅茶でため息を飲み込む。
「ディアナは婿養子をとるんだろう? 誰にするかもう決めているのか?」
いきなりな質問にドキッと心臓が跳ねた。
次回は10/8(水)に投稿致します。




