160.我が家の恋愛小説
シェリーがプレゼント包装された箱を持って馬車に乗るのを待って出発し、私たちは屋敷に戻った。
帰宅早々ノヴァ様は2階の自室に上がっていった。もしかしたら何かやらなきゃいけないことを思い出して早く帰りたかったのかと、それなら仕方ないと自己完結し、私も着替えようと3階の自室に向かった。
動きやすい室内着に着替えた後、書庫に行って初心者向けの恋愛小説を探す。4,50冊程あるたくさんの恋愛小説からそれっぽいものを手にとり、読書スペースにあるソファに座った。初心者でもできそうな駆け引きを習うため、集中して目を通していく。
しばらくページをめくって読み進めていると、「ディアナ様」と少し強めな低い声で呼びかけられた。
「え? わ! グラエム、いつの間に……?」
「失礼致しました。何度もお呼びしたのですが集中しておられたようで。何をお読みになっているのですか?」
「え? えっと……」
恋愛小説を読んでいるだなんて言ったらグラエムはどんな顔をするかしら。うちにこういう系統の本が置いてあるということはきっとお母様とかこの家の者が代々読んできたのかもしれない。言っても意外には思わないかも。
私はグラエムに本の表紙を掲げて見せた。
「『コーネリアの受難』よ」
「……」
いや無言て。ノーリアクションて。あ、グラエムって恋愛小説知らなそうだからタイトルだけじゃわからないか。
内容を説明しようとすると、グラエムが「確か……」と呟いた。
「コーネリアの婚約者を妹に取られ、且つあらぬ罪を着せられ国外追放された先で偶然出会った人と恋に落ちるも、その人がコーネリアが着せられた罪に関係する人だった、という話でしたか」
私は目が点になった。
「……え? グラエム、これ知っているの?」
「はい。ここにある恋愛小説は私が昔旦那様のために方々から集めたものですから」
「そうなの!?」
驚きで声が大きくなった。
「旦那様は幼少の頃から色々な面に聡く賢かったのですが、色恋に関しては全く興味もないばかりかそれはそれは疎かったのです。寄ってくる女性はとても多かったのですがその手の興味関心も女性の心の機微を悟ることも持ち合わせていないのでいつも返り討ちに会わせてしまうのです。男性にはそんな旦那様を尊敬する者が多いようですが、私共としましてはそのような面がある旦那様が心配でなりませんでしたので、せめて本でも読んで色恋とはどういうものかだけでも理解して頂きたいと思った次第です」
私は開いた口が塞がらなかった。
まさかここに置いてある数々の恋愛小説が全部お父様のためのものだったなんて。しかも顔と声と振る舞いに厳格さが滲み出ているグラエムが恋愛小説を集めたっていうギャップにもちょっと違和感があって可笑しく思ってしまった。
「おかげで今では色々とわかっておられるようなので、功を奏したと思っています」
「そうなんだ……」
「ところでその『コーネリアの受難』ですが、中々玄人好みのものをお読みになっておられるのですね」
そうなの。初心者向けかと思ったらこれも結構クセが強かった。
「ええ。初心者向けのを探していたのだけど、読み進めていく内にちょっとこれは違うかもって。でも内容が面白くてそのまま読んでしまったわ」
「初心者向けでしたら『ヤドリギの下で』や『アーロン王の恋物語』がお勧めです」
「なるほど、わかったわ。教えてくれてありがとう」
グラエムのお勧めなら間違いなさそう。
ふと気づく。
あれ、てかそもそもグラエムはここに何しに来たのかしら。
「グラエム、何か私に用があったのでは……?」
グラエムが居住まいを正した。
「お伝えが遅くなり申し訳ございません。リュトヴィッツ様が談話室にてお待ちでございます」
「えっ……」
それ、もうちょっと早く言って欲しかった!
でも何でかしら……何かの報告?
「お父様の執務室ではなくて?」
「いえ、談話室です」
「それって私とノ……リュトヴィッツ様だけ?」
「左様です」
「……わかったわ」
私は読んでいた本を手に立ち上がった。ただ呼び出しに応じるだけの何でもないような顔を作っていたけど、内心は緊張と舞い上がる気持ちでいっぱいだった。
その時グラエムが私が読んでいた本を代わりに片付けると言ってくれたので、そのついでにさっきグラエムが勧めてくれた本を私の部屋に持って行ってもらうよう頼んだ。
書庫を出ようとしたところで立ち止まる。
「あ、ねぇグラエム。私の身だしなみ、大丈夫かしら」
ノヴァ様のところに向かうもの。変なところがあっては困るわ。
「問題ございません」
「そう。ありがとう」
自身の身だしなみにも厳しいグラエムが問題ないと言えば大丈夫だ。
私は緊張と淡い思いが混じった気持ちで2階の談話室に向かった。
次回は10/6(月)に投稿致します。




