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157.デート?

翌日の午後。


ヴィエルジュ家の馬車が貴族街をゆっくりと走る。馬車に乗っているのは私とノヴァ様の他に、護衛騎士のハインと侍女のシェリーだ。アクアリウスの月(2月)はまだうちの領地では寒さが残っているので、皆防寒のためにウールの外套を羽織っている。


石畳が敷き詰められた広い道が雪解け水で濡れて光り、お洒落な街灯が等間隔に並んでいる。季節の花が植えられた花壇には雪の雫のような白い花が咲き誇っていた。


素の自分で貴族街に行くのは久々だ。前世では休日は部屋に引きこもってばかりだったからあまり外に買い物に行くということがなく、それはここでも変わらず用事がない限り街へ繰り出すこともなかった。何か必要なものがあればお店の方からうちに来るし、ちょっとしたものであれば使用人に任せることが多いからね。


下街の乗合馬車と違って揺れの少ない馬車なのに、私の心はふわふわと揺れて落ち着かなかった。


嬉しさだけじゃない。ちょっと緊張もしている。たぶんそれは久しぶりに街に来たからでもなく、久しぶりの貴族令嬢然をしなきゃいけないとかでもなくて、向かいに座るこの人のせい。


チラ、とノヴァ様を見上げる。いつも通りのあまり表情が動かない顔で窓から通りに並ぶ高級店を眺めていた。


「……何か気になるお店でもありましたか?」


何か会話でもして緊張を和らげようと話しかける。


「……いや」


「? どうされました?」


ノヴァ様は静かに息を吐き、「リュトヴィッツ家について考えていた」と言った。


私は目を見開いた。


養子に入った家のことをちゃんと考えているなんて……残り200年の人間界を楽しく過ごしてほしいがためにノヴァ様が貴族になることを私が押し付けたようなものなのに。


感心すると同時に、チクリと胸が傷んだ。


デートって浮かれていたのは私だけだったみたいね。そうよね、ノヴァ様は私の気持ちなんて知らないし、ただ一緒にお兄様たちのプレゼントを選びに来ただけだもの。


気落ちしていることを悟られないように笑みを浮かべる。演技はもうお手の物だ。


「私でも何かできることがあれば協力しますので言ってくださいね」


「……ああ」


この国を楽しんでほしくて、もっと一緒にいたくて人間と同じ生活をしてもらっているもの。ノヴァ様の助けになることは何だってするわ。


空気を変えたくて、というか私が切り替えたくて適当に目に入ったお店を指さして、「あ、あのお店はどうですか?」と言った。でもそこは高級な雑貨店だったので、プレゼント選びの場所にはちょうど良かった。


そうと決まると、シェリーが御者に指示してお店の近くに停めてもらった。


馬車から降りると、やっぱりヴィエルジュ家の家紋がついた馬車は目立っていたようで通りにいた貴族たちの注目を浴びた。


私とノヴァ様は変装をしていない。お兄様とセシリア嬢への贈り物なので貴族街での買い物になるため、変装する必要はないからだ。


なのでいつもよりおめかしした銀髪青瞳の私と黒い外套を翻して颯爽と隣を歩く黒髪青瞳のノヴァ様に熱いどころか、惚けたような眼差しを向けてくる人もいた。


滅多に人前に姿を見せない領主の娘と、最近新たにリュトヴィッツ家を継いだお父様の信頼厚い部下で最強と言われるヴィエルジュ騎士団の団長たちよりも強いと話題のノヴァ様が揃って街にいるのだ。遠巻きに私たちを見てヒソヒソと話す様子がそこかしこで見られた。


しかも通りにいる婦人や令嬢たちのほとんどがノヴァ様に釘付けだ。これはいかん。早くお店に入らないと。


真っ白な外壁とひと目で高級だとわかる木材の扉。ショーウィンドウには「フリージアの宝物」とルナヴィア語でお店の名前が書かれていた。


お店の中に入ると、私たち以外にも店内には身なりの良い男女が数人いた。私たちが来たことに当然のことながら驚いている。少し緊張した雰囲気がフローラルな香りが充満する店内に混ざっていた。


店内は広々としていて、お洒落で可愛らしい小物類や紳士的なカッコイイ小物や革製品、上質な文具類の他に、宝石や装飾品、書籍も棚に綺麗に陳列されていた。


色々見て回るつもりだったけど、他のお店に行く度にノヴァ様に注目されるのも困る。ここで決めてしまおうかな。


私はまず決めやすいお兄様への贈り物を選ぼうとそれらしい棚へ進んだ。

次回は9/29(月)に投稿致します。

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