154.魔獣の浄化(3)
事前に把握した座標に転移をする。以前グアンナを討伐したところから東に3kmの位置だ。
「「「グオァァァァァッ!!」」」
Aランク魔獣数体が咆哮を上げながら森の出口に勢いよく向かって行くのが見えた。居合わせた黒い騎士服のヴィエルジュ騎士団と紺色の騎士服の王国騎士団の部隊が対応している。
みんな、どうか無事で……!
私は自分が参戦できないことに申し訳なく思いながらもこの国の騎士団は強いから大丈夫だと信じ、自分のやるべきことに集中した。
……始めよう。
私は目を閉じ、ふう、と息を整えた。
集中力を高める。
全身に金色の魔力をゆっくりと巡らせた。魔力の圧で風が巻き起こる。銀月の長い髪が下から靡いて、スカートの裾もふわりと浮かんだり沈んだりを繰り返す。
私は息を深く吸い込み、全てが浄化されるよう両手を組み祈りを込めながら詠唱を始めた。
「『闇夜に顕る繊月に 月の剣を舞い奏で 上弦仰ぐ十三夜 小望の月が満ち満ちて』」
金色の光の炎が全身を覆う。そしてその光が蒼穹を突き刺す柱となり、ラヴァナの森を覆い尽くす程の巨大な金色の魔法陣が上空に現れた。
飛行系の魔獣が突如激しい光に包まれ次々と地面に落下していく。
「『猶予う月を待ち望み 居座り寝て待つ更ける夜 下弦の籠が揺れる時 有明の彼方に解き放て』」
目を開ける。
「『月の焔』!!」
光の柱がたちまち森中に広がると、世界が金色に染まった。
魔獣の声や気配、騎士たちの喧騒など、全ての音が遮断される。
無音だ。この世界には私しか存在しないかのような錯覚に陥る。
うっ……くっ……!
魔力がごっそりとなくなっていった。自分の生命力が急激に吸い取られていくような感覚。
やがて金色の光が炎となり、全てをリセットするように森全体を包み込んだ。
喧騒がたちまち戻ってくる。
黒い木々、不気味に曲がりくねった幹、黒い葉、奇怪な植物が徐々に元の正常な姿を取り戻していく。周囲を探っても魔獣の気配も魔力も感じない。それがわかって、私は浄化が上手くいったのだと胸を撫で下ろすと共に、緊張の糸がプツンと切れた。
はぁ、はぁ、はぁ……
荒い呼吸を繰り返しながら芝が徐々に回復していく地面に座り込み、ウエストポーチからMPポーションを取り出しがぶ飲みした。3本目だから回復が遅い。
でも、なんとかなったわ。魔力はギリギリだけど、今回は気絶せずに済んで良かった。浄化は成功しているようだし、さっさと転移して屋敷に戻らないと……
その時、フッと突然目の前に黒い人影が現れた。
自分に隠蔽をかけているからあまり慌てなかったけど、現れた人物に目を瞠った。
「ディアナ!」
っ、ノヴァ様!? 討伐に参加してるはずじゃ……
どこか切羽詰まった様子から何か異変が起きたのかと思い、咄嗟に隠蔽魔法を解いた。
「何かあったのですか!? はっ、まさか魔獣が街に……!?」
座り込んでいた腰を少し浮かした。
私の焦りに対してノヴァ様はほっと安堵した顔をし、私の前に地面に膝を付いた。
「いや、大丈夫だ。浄化もうまくいっている。ただディアナに何度か通信を試みても反応がなかったからまた倒れたのではないかと思って転移して来てしまった」
「えっ」
心配して駆けつけてくれたってこと……? てかブレスレットが光ってたことに全然気づかなかったわ。
胸がきゅっと締め付けられる。浄化をした高ぶりからか、今の気持ちが素直に口から出た。
「来てくれて嬉しいです。この通り、私は大丈夫です」
ノヴァ様の表情が和らいだ。見た瞬間、自分が口にした言葉の恥ずかしさに気づき、目が泳いだ。慌てて取り繕う。
「あ、でもあの、転移したことは周りには……」
「心配ない。戦っていた魔獣が次々と金色の粒子になっていく様を呆然と見ている者ばかりだから俺が突然消えたことに誰も気づいていない」
「そうですか、それなら良かったです。でもすぐ戻らないと。突然いなくなったら騎士たちが混乱してしまいますよ」
「わかっている。ディアナの無事を確かめたらすぐ戻るつもりだった。ディアナは? 動けるか?」
「はい。あと2回転移が使えるので」
「そうか。瞳の色が金色に戻っている。念の為直してから戻れ」
「あ」
指摘されてすぐに夜明け色の青に変えた。
「では俺は戻ってジュード殿とも合流し——」
「リュトヴィッツ卿?」
!!
男性の声がした途端、瞬時に自身に隠蔽をかけ、回復しかけた魔力を遮断し気配を殺した。
ノヴァ様がゆっくりと振り返る。正常に戻りつつある木の幹の後ろから姿を現したのはヴィエルジュ騎士団の若い団員だった。
「卿も演習に参加されていたのですね。 声が聞こえた気がして来てみたのですが……お1人ですか?」
緊張が張り詰める。けど幸い声をかけられた方向はノヴァ様の背後だったので、私はノヴァ様の体とマントに隠れて見えなかったようだ。
ノヴァ様は立ち上がり、尚も私が隠れる位置に立つ。
「ああ。討伐中に魔獣が粒子と共に消えたので、どうなっているのか確かめていた」
「左様ですか。私もレイヴン団長の指示で確認して回っているところです。いやぁ驚きましたよ、魔獣がこの金色の火に包まれた途端消えていくんですから。何ですかね、これ」
団員があちこちで燃え盛る金色の炎を見上げながら言った。
「さあな……この辺りは俺が確認するから、君は北西の方を見てきてくれないか」
「わかりました! では」
そう素直に承った若い騎士は踵を返して森の奥へと消えた。
肩の力が抜け、ほっと息を吐いた。
騎士の気配が消えたのを確かめてお礼を言おうとしたら、不意に頭に何かが触れた。
見上げると、ノヴァ様が私の頭に手を置いていた。
……!
そしてポンポンと2度、優しく撫でられる。
頑張ったな。
穏やかな笑みを浮かべ口の動きだけでそう言うと、ノヴァ様は森の東へ去って行った。
……
不意打ちを食らって、隠蔽をかけているのに誰にも見られまいと私は赤くした顔を膝の上に埋めた。
次回は9/16(火)に投稿致します。




