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150.ハルトさんの無茶振り

アーチ型の窓の外を見ると、すっかり日が傾いていた。


「そろそろ帰る時間か? まだ話し足りないんだがな」


「そうですね。でも通信魔法のブレスレットがありますし、用があれば気軽に使って頂ければ」


「それもそうだな……なあ、この魔石にある魔法陣を使ってこれとは別に通信の魔道具を作っても良いか?」


「いいですよ」


「おい、あっさりだな。でもありがとう」


ハルトさんが別の通信の魔道具を作れば、このブレスレットもハルトさんが作ったってカモフラージュになるし。


そしてハルトさんは倉庫に防御の魔道具を取りに行くため、部屋から出て行った。その間に誰か急に部屋に入って来たらディアナの姿じゃまずいので、私はミヅキに変身して待つことにした。


5分程経って部屋の扉が開けられ、ハルトさんがトートバッグくらいの大きさの袋を持って戻ってきた。


「待たせたな……って、ミヅキに変わってる。誰か来たのか?」


「いえ、念のためです」


私はソファから立ち上がりハルトさんの方に寄っていくと、ハルトさんは私に袋を手渡した。中には何も入っていない。けどただの袋じゃない。


「これって収納袋ですよね? この中に防御の魔道具が?」


「ああ、全部これに保管してある。数は……なんだったか……30個くらいあった気がする」


「そんなに?」


「そんなに作ったのに森の魔獣が浄化される」


「……」


返答に困る言い方だ。


私は「では、有り難くお借りします」と言って、収納袋を収納魔法でしまった。


ハルトさんは移動して壁の木製ボードの近くの机にある魔道具らしきものに触れた。


ハルトさんが私の方に振り返る。


「そうだ、聞くのを忘れてた」


「なんですか?」


「ミヅキが普段着けているピアスにはどんな魔法が付与されているんだ?」


「ああ、転移です」


「……もう一度聞いていいか? 聞き間違いかもしれない」


「転移魔法です」


「……界渡りは創れないのに転移は創れるのか」


「そうみたいですね」


「じゃあまさかここまで転移で来たのか?」


私が苦笑いを浮かべて頷くと、ハルトさんが羨ましそうな目で見てきた。


そしてパチンと両手を叩く。


「よし、ディアナ嬢! 転移の魔道具を作ってくれ!」


「え」


「あ、でも時間があれだしもう呼び出しちゃったしな……なら転移の魔法陣を出せるか? 俺がそれを魔法解析スキルで解析すれば魔道具を作れる」


「それなら……」


通信の魔道具も許可したもんね。


私は転移魔法の魔法陣を足元に出した。部屋の中が一気に金色の明かりで染まる。


ハルトさんは「おお……!」と驚嘆して陣を見つめた。これが転移魔法の陣かと、細部まで見逃すまいとその眼差しは研究者のそれで、金色の魔法陣の光を浴びて漆黒の瞳がキラキラと輝いていた。


「では、ちょっと失礼する」


ハルトさんは床にしゃがんで陣の上に両手を置くと、魔法解析スキルを発動させた。


金色の魔法陣が白く光り出す。そしてそれはほんの数秒の内に収まった。


「……」


ハルトさんが難しい顔をしている。両手を魔法陣から放すと、立ち上がって腕組した。


「どうしました?」


「ん? ああ、思ったより時間がかかりそうだと思って。森の結界を解析する時と似ていることが起きているから、今すぐにはできないようだ」


私は足元の金色の陣を見下ろした。


「それって俺の魔力のせいですよね?」


ミヅキになると会話の一人称が「俺」になるのはもう板についていた。変身したら声が男性のそれになるから、鏡で姿を見なくても、声で切り替えができる。ボロが出ないよう気をつけまくっていた賜物だ。


「せいっていうか……でも何故かはわからないが、以前森の結界を解析した時に比べるとスムーズにできそうな手応えはあった。それでも時間はかかるから、やっぱり転移の魔道具はディアナ嬢に作ってもらうしかないな」


「えっ」


「魔法陣を書き写すこともできるけど、こんな複雑怪奇な魔法陣を正確に書くなんて俺には無理だし」


「でも、転移の魔道具なんて作ったら俺のスキルが周囲にバレる可能性が……」


ちょっと怖くなって慌てて魔法陣を消した。


ハルトさんが空笑いする。


「そんなことでバレやしないって。他人のスキルを暴くスキルを持たない限り、俺が言いふらさない限り心配することはない。ああ、安心してくれ。俺は誰にも言わない。言ったら総長に軽蔑されるからな。そんなことになったら俺はもうこの先生きていけない」


実の娘を目の前にして至極真面目な顔で「俺の心のオアシスなんだ」と言うので、なんて返したら良いのかわからなかった。


でも他人のスキルを暴くスキル、か……リリアが「見破りのスキル」を持っている。昔一度見られたことがあるからもう一度なんてされないとは思うけど、念の為気をつけておこう。スキル無効のピアスは常につけておかなきゃ。


ハルトさんはまだ気がかりな顔をしている私をその気にさせようと再度説得する。


「大丈夫だって。つうかこの国は実力主義で実力が認められてなんぼなのに、ありすぎる能力を発揮しないままだと総長と社交界の華と言われるご夫人の娘なのに大した事ないとか言われるぞ」


む、それは嫌だわ。


「それに魔法に詳しいやつなんてたくさんいる。ディアナ嬢はその中で飛び抜けた才をもつ者として認識されるだけだ。誰も全属性や月属性、魔法創造スキルがあるなんて非現実的なことをわかるはずないだろう」


そもそもそんな力が存在するのも知らないんだからと、色々説得されるとなんだか大丈夫な気がしてくる。


「それでも心配なら、俺と共作しても良い」


共作なら自分1人で作って目立つことになるよりかは良いかもしれない。転移の魔道具が作られれば移動も楽になるし、国の生活水準もさらにぐっと上がるわ。


ハルトさんにまんまと乗せられた私は首を縦に振った。


「わかりました。でも一度父に相談させてください」


「ああ。俺からも総長に伝えておく」


「よろしくお願いします」


私が頭を下げると、ハルトさんは満足そうに笑った。

次回は9/3(水)に投稿致します。

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