149.ハルトさんの魔力
「……ん?」
「え……?」
注意してよく見ると、楕円形の金色の魔石の端に白い色をした筋のようなものがほんの少しだけ出始めている。
「……どういうことだ?」
「この白いのってハルト様の魔力の色ですよね?」
防御の魔法陣の色でわかる通りハルトさんの魔力の色は白だ。
「確かに俺の魔力の色ではあるが今まで魔石に魔力を込めてもこんなことにはならなかった」
「そうなのですか?」
ノヴァ様はわざわざ私が渡した魔石に魔力の補充をしてくれって私に言ってくるから、今まで自分が染めた金の魔石を誰かの魔力で染められるのを見たことがなかったためわからなかった。
頭を寄せて魔石を覗きこむ。
細い線ではあるけど白樺の枝のように伸びていく様は絵を描いているようでとても不思議だ。私が魔石に魔力を流し込むと元の魔石の色が波が押し寄せるように金色に侵食され完全な金に変わるのに、これは中途半端で侵食されているとは言えない。
どういうことかしら。私の魔力は元はルナ様の神力だから魔力を込めれば色が変わる。ノヴァ様もそうだ。それはつまりどの魔力よりも神力の方が優位性があるということ。白に変わる部分があるということは、ハルトさんの魔力も神力だということ? そんなことある? でも今までは変わることはなかったのに、なんでこれは変わったのかしら。
ふと、私はノヴァ様がハルトさんに会いたそうにしていたのを思い出した。
ノヴァ様なら何かわかるかしら。
満タンまで魔力を注ぎ終わるとハルトさんは手を引っ込め、腕組みをした。ブレスレットの魔石は金色を背景に白樺の木が描かれたようになっている。
「俺の方でちょっと調べてみるわ。気になる現象だしな。まぁでも俺とディアナ嬢の魔力が混ざった感じになったから誤魔化しは効くんじゃないか? 使う度に俺が魔力を充填していけば俺の魔力の方が強く出るだろう」
確かに魔石から感じる魔力はゴチャゴチャした感じで私の魔力とは違っていた。これなら大丈夫かもしれない。
ハルトさんはじっとブレスレットの魔石を見つめている。そして私の方に視線を移して何か聞きたそうな顔をした。
「なぁ、魔法創造スキルって、イメージすればどんな魔法でも創れるのか?」
「そうですね。制限はありますけど」
「じゃあ……界渡りの魔法も創れるのか?」
「界渡り……?」
それってまさか異世界と異世界を行き来する感じのやつ? それを聞くってことは………
「日本に帰りたいのですか?」
ハルトさんが俯く。
「……わからない。この世界に来たときは帰りたい一心で過ごしていたから、界渡りの魔法を創ろうと色々模索し続けてきたが……」
ハルトさんは顔を木製ボードの方に向けた。あそこに貼ってあるメモにきっとその魔法を創るための研究内容が書かれてあるんだろう。
息をついて顔を私の方に戻す。けど目線は下を向いたままだ。
「こっちに来てもう17年経つんだ。日に日に両親や友達の顔を思い出せなくなってきている。俺がそうなんだから両親も友達も俺のことなんてもう忘れているんだろうと思うと……今更な気がしてな」
「17年って、結構長いですもんね」
「ああ。0歳の赤ちゃんが高校生だ。もし帰れたとしても記憶だけじゃなく環境もきっとガラリと変わっているだろうし、時間軸もズレている可能性もある。そう考えるとちょっと、な……それに、今はそれなりに地位も確立しているし、仕事もある。俺を必要としてくれる人がいるなら、もうここに骨を埋めても良いんじゃないかとも思うようになっているんだ。まぁ、界渡りの研究が行き詰まっているのが諦める理由の大半を占めているけど」
転移して十何年経ってやっと帰って来れたのに自分のことを忘れられていた。環境も文明も全く違うかもしれない……その可能性を考えて陥る恐怖を想像してしまうと、帰りたいって単純には思えないわよね。
「そんなふうに帰らない理由を正当化して諦める気持ちが強くなっていた頃に、まさかのディアナ嬢が転生者だ。俺だけじゃなかったんだって、正直ホッとした。だから……変な方法だったけど、明かしてくれてサンキューな」
ハルトさんがニッと笑った。それを見て私も自然と口角が上がった。
「……ちなみにさ、界渡りの魔法って本当に創れる?」
やっぱ気になるんかい。
「ちょっと待ってくださいね」
私はスキルで異世界と異世界を渡るイメージをして魔法を創ろうと試みた。けれど、なんの反応も示さない。ということは……
「できないみたいです。やっぱり制限がかかってますね」
「まじか」
ハルトさんは悲しいのか安心しているのかよくわからない顔をした。
次回は9/1(月)に投稿致します。




