16.ルナヴィア王国について
洗礼式が終わってから2ヶ月が経った。
朝、訓練着に着替えながらふと窓の外を見ると、雪で辺り一面銀世界の景色が見えた。王国の最北にあるヴィエルジュ領では一足先に冬が訪れている。
洗礼式の翌日から、私の生活は一変した。
まず、午前中は騎士団の訓練に混ざって私も剣術を習い始めた。冒険者になるため、身のこなしや自分を守る術を魔法以外でも身につけておきたいと思ったからだ。
お兄様とは別メニューだけど、私を指導してくれるのは、いつも敷地内を散歩するときに付いていた2人の護衛騎士だ。名前はハイン・ギーズベルトとレイ・ブランザ。
ハインはギーズベルト伯爵家の次男でヴィエルジュ第1騎士団の副団長だ。そんなすごい人だと私は指導を受ける初日まで知らなかった。護衛されていたのに。
年齢は22歳で、入団してから4年で最強と名高いヴィエルジュ騎士団の第1騎士団副団長に上り詰めた実力者だ。
ハインは短く切り込んだ赤みがかった茶色の髪に、茶褐色の瞳を持つ野性的な男前だ。でも見た目に反して結構面倒見が良く、愛想も良いからか、年上の部下たちからも慕われている。
ハインと交代で指導をしてくれるレイは女性騎士で、ブランザ子爵家の長女。ブランザ家は代々騎士の家系で、レイの実力もヴィエルジュ騎士団全体の10位以内に入っている程だ。女性騎士で一番強いってハインが言っていた。
見た目から年齢が20代前半くらいで(聞いたらはぐらかされた)、金髪ショートボブで濃紺の瞳のクール系美女だ。
てかこの世界には美形しかいないのかってくらい美形率が高い。いや、この世界っていっても私の世界はまだこの屋敷の敷地内だけだから分母が少ないだけかもしれない。それかお父様が最高峰イケメンだから美形しか集まって来ないとか?
まぁとにかく、この実力者2人が私が生まれたときから護衛に付いていたことから、色々な事情を含んだ私の容姿に対するお父様の懸念の深さが伺えた。
昼食後は、週3回の家庭教師による王立学院の入学を見据えた授業と、週2回のお母様による礼儀作法の授業だ。家庭教師はお父様のお父様の弟であるフェリクス大叔父様が務めてくれている。壮年の美麗イケオジで以前王立学院で教鞭をとっていたのだそうだ。お兄様も大叔父様から教わっているので重ならないように曜日をずらしている。身内で固めているのは、外部の者がうちに来て私に不用意に接触しないようにするためなんだとか。
フェリクス大叔父様にこの国の地理と歴史を習ってわかったことがある。
ここルナヴィア王国は、左向きの靴のような形をしたアルセイデス大陸の、ちょうどつま先部分に位置する王政の国である。小国ではないけれど大国でもない大きさで、国の北と東は隣国と接している。肥沃な大地に恵まれ、前世の日本のように四季があり、日本に比べると夏は暑すぎるということはなく、ヴィエルジュ領を除いて冬も厳しくはないためとても過ごしやすい。
王国の最北にあるランデル山脈を境界として、北の向こう側にはエレヴァーナ皇国という大国がある。アルセイデス大陸の甲の部分に位置する、1年の半分を雪で覆われた寒さが厳しい国だ。雪解けの時期には肥沃な大地を巡ってルナヴィア王国と東の隣国であるヘレストリア王国に南下侵攻してくる厄介な国でもある。お兄様が言っていた、お父様が再起不能にした軍ていうのがこのエレヴァーナ皇国である。また、ルナヴィアの場合はランデル山脈があるので、それが防御壁のような役割となり、侵攻してくる場所は魔獣のいるラヴァナの森を除いたヴィエルジュ領との国境に限られるが、ヘレストリア王国はエレヴァーナ皇国とがっつり国境を接している。
そのヘレストリアとルナヴィアは友好関係にあるようだ。
へレストリアにある鉱山では魔石が多く採れる。対してルナヴィアには鉱山がないため魔石が採れない。でも、魔獣はこの大陸ではルナヴィアにしか存在しないようで、そのおかげと言ったらあれだけど、ルナヴィアの騎士団はとても強いと昔から他国では有名らしい。そのため、エレヴァーナ皇国軍によるヘレストリアへの侵攻を防ぐ武力をルナヴィアがヘレストリアに貸し出す代わりに、魔石を破格の値段で取引をしているのだ。その魔石を使って魔塔は生活に欠かせない魔道具を製作し、自国や他国の商人に売って利益を得ているのだそうだ。
勉強していく中で、疑問に思ったことがある。
何故、ここルナヴィアにしか魔獣がいないのか。
歴史書を解説する大叔父様によれば、こうだ。
ルナヴィア王国が興る550年前より以前、空気中の魔素の毒化により森に住む動植物が魔獣化し、森で狩猟を行う人間を襲い始めたことがきっかけに悲劇が始まった。
ヴィエルジュ領の北部にあるラヴァナの森にいる動植物が最初に魔獣化し、徐々に南下して中央に位置する王都セレーネの東にあるヘレネの森、西のローレンの森の動植物が魔獣化していった。南にもユーレリアの森というのがあるんだけど、魔獣化が進んだのは中央の森までらしい。南の森は今でも魔獣は1体もおらず、普通の動物が多く住んでいるそうだ。
そして人々が戦々恐々としていた時、ランデル山脈の頂上から赤い瞳をした漆黒の巨大な竜が飛び立ち、上空に現れた。魔獣と同じ色の瞳をしたその竜に人々は恐れ、南、南へと逃げた。最南端は海に面しているため東側の隣国(のちのヘレストリア王国)に逃げる者も多くいた。
そして黒竜が現れたあと、魔獣たちが森から出て人々を襲っていった。当時の人間には魔力はあるけれど魔法は使えず、農具や狩猟の武器で魔獣に対抗していたそうだ。でも魔獣に蹂躙され続け、奮闘虚しく死者数がどんどん増えていく。戦うのにも疲弊し、陸では獰猛で巨大なブラックフェンリルが駆け、空には火竜、水竜、風竜、土竜が飛び交い、人々がこの世の終わりを嘆いたとき――満月から金色の光の柱が降り、ひとりの青年を照らした。
その青年は大満月の日に生まれたため、この地では有名人だった。
その青年の髪色は元は茶褐色で瞳も紫色だったが、金色の光に照らされると髪は銀月のような色に、瞳は金色に変化した。そしてその青年は女神のお告げに従って魔法を使い、魔獣を3つの森に閉じ込め、それぞれに結界を張った。
その青年のおかげで長く続いていた魔獣との戦いが終わり、青年はこの土地の人間が信仰する月の女神から力を与えられた「女神の化身」だと、人々から呼ばれるようになった。
青年は魔獣の管理と復興のため、月の女神ルナの名前にちなんでルナヴィア王国を興し、初代ルナヴィア国王アドリアーノ・ドュ・ルナヴィアと名乗った。そして人々に戦える力として魔法属性を与えるため、洗礼式という儀式を行い始めた。
それからは200年周期で現れる大満月の日には必ず1人ルナヴィア王国のどこかで生まれるようになり、その者が満月から力を授かり、結界を修復していった。これまで「女神の化身」は初代国王の他にあと2人いて、その血筋を受け継いでいるのが領主貴族であるベリエ公爵家とシュツェ侯爵家だそうだ。
魔獣が現れたのは瘴気が原因ていうのは、歴史書にもあることから誰もが知っているけど、何故瘴気が発生したかまではわかっていない。しかもこの国だけなのだ。大叔父様に質問してみたけど、原因もこの国限定なのも解明されてないって言っていた。女神様に聞いておけば良かったな。
それにしても、魔獣の森が3つもあるなんて……ということは結界が3つあるということで、1つの結界を張るのに2万の魔力を消費するとしたら、3つ全部で6万は最低でも魔力が必要になるのでは?
そのことを認識したとき、授業中であるにもかかわらず、私は小さく発狂した。そのときの大叔父様の顔はたぶんずっと覚えていると思う。
また授業で使った歴史書では、黒竜が魔獣を先導して森から出して人を襲わせたように書いてある。この歴史書の著者は黒竜侵略派なのかしら。この派閥が一番多いみたいだからこの線が主流のようだけど、あとで擁護派が記した歴史書も見てみようかな。うちは中立派だからたぶん両方置いてあるはず。




