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147.浄化について

私は森の魔獣の浄化だけでなく黒竜の浄化もルナ様からお願いされていたことを話した。


ハルトさんが怪訝そうに眉根を寄せる。


「それは何故」


「……黒竜が瘴気の毒に侵されていたためです」


「……! 黒竜が?」


ノヴァ様の神力によって瘴気が発生したということは伏せ、状況だけを伝えた。


ハルトさんは腕組みをして思案顔をする。


「なるほど。まさかあの黒竜が瘴気に侵されていたとは……瘴気については下で研究がされているが未だに何故発生したのか解明できていない。ユーレリアの森の魔素と比べると何か特殊な異物が混じっていることは確かなんだが」


「……」


「まぁでも、ディアナ嬢の浄化魔法で瘴気を消すことができるなら解決だな。わからないことをいつまでも調べるのは骨が折れる」


研究を打ち切らせることになるのかしら。良いのか悪いのか。


「……なあ、黒竜の浄化を女神が頼むということは、黒竜は女神と何か関係があるということだよな?」


鋭い質問に私は一瞬息を詰まらせた。


「関係があるとだけ言っておきます。それを知っているがために、私はシュタインボック公爵のあの依頼を受けたくなかったのです。ですが黒竜は文字通りいなくなりましたので、公爵からの依頼は無効になります」


「……そうだな。それは僥倖だ。俺の疲労の原因の一つがなくなったのは喜ばしいことだ」


自身に言い聞かせているのか声のトーンが幾分上がっている。でもちょっと気だるげだ。黒竜を浄化したと伝えてからハルトさんのテンションが低くなっているのはなんでだろう。


そしてハルトさんはソファにもたれ、背もたれの上部に片腕を回すと、よくわからない複雑な表情をした。


「……どうかしました?」


「いや……」


もしかして黒竜と同じ色を持っていることで擁護派と侵略派の的になってきたから黒竜に対してあまり良い感情はもっていなかったのかも。だから元凶の黒竜が突然いなくなったと知らされてこれから気持ちをどこにぶつけていくべきかわからなくなったとか……?


「はぁ……黒竜、間近で見てみたかったなぁ……」


項垂れて言う様子に私はきょとんとした。


「……え?」


「なぁ、なんでもう浄化しちゃったんだよ……黒竜なんてファンタジーの権化みたいなものだろ、見たかったのに……」


「……すみません」


呆気にとられてとりあえず謝罪の言葉を口にした。


いや黒竜好きだったの? 侵略派とか擁護派のあれこれは? 


「カメラの魔道具とか作っておけば良かったな……はぁ」


ハルトさんは背もたれに置いていた腕を戻した。


私はハルトさんのことを考えても色々杞憂なことに終わる気がした。


すると、ハルトさんがはっと顔色を変えた。


「ちょっと話が変わるが、魔獣のスタンピードが起こる前に魔獣の浄化をするんだよな?」


「? そうですね」


この人女子みたいにコロコロ話が変わるわね。黒竜のことはもう良いのかしら。


「まじか……」


ハルトさんの目が急に焦点が合わなくなった。そして頭を抱えて天を仰いだ。何度もそうやるのは仰ぐのにちょうど良い高さの背もたれだからだろうか。


「あー、せっかく(きた)るスタンピードのために防御の魔道具を量産したのに全部いらねぇってことじゃん……黒竜といい、ディアナ嬢、ちょっと恨むぞ……」


「えっ……」


そんなこと言われても……でも防御の魔道具って使い道は結構あるわよね。必要なくなったってことにはならないと思う。あ、そうだわ。


「ハルト様、その防御の魔道具をいくつかお借りしてもよろしいですか?」


「いいけど何に使うんだ」


ハルトさんは未だ天井に顔を向けたまま拗ねている。


「役に立つことに決まっているじゃないですか」


私がそう言うと顔を正面の元の位置に戻した。さっきの「終わった……」みたいな絶望顔に何かを期待するような色が漆黒の目に宿っている。


「俺の魔道具が役に立つならいくつかと言わず全部持ってっていいぞ。帰りに用意しておく」


「ありがとうございます」


「それで、いつ浄化を始めるんだ?」


「そうですね……土竜を討伐してからになりますね」


ハルトさんは怪訝な顔をすると、すぐに「ああ、コンプリートを狙っているのか」と笑いが滲んだ声で言った。


「どうしてわかったのですか」


「『ミヅキ』の単独でのドラゴン討伐の功績は王都まで届いているからな。『第2の総長』ってここの団員たちに言われているぞ。あ、そうだそうだ。コンプリート達成すれば新たな異名がもらえるから楽しみにしてな」


「は、はぁ……」


第2のお父様だなんて、恐れ多いわ。てか新たな異名って何? 蒼焔のミヅキの他に何か増えるの?


「なあ、もし可能なら浄化する時は俺にも立ち会わせてくれないか」


絶望顔が消え、興味と好奇心に満ちた表情に変わっている。この人の切り替えの早さはどうなっているのかしら。


「申し訳ありません、秘密裏に行うのでそれは……」


私が魔獣を浄化するところを誰かに見られるわけにはいかない。


「秘密裏? ……あー、なるほど。そういうことか。全属性に月属性だもんな。知っていれば王族が黙っていないか……あれ、でも殿下がディアナ嬢に執心しているって以前噂が立ったけど、それは能力を知らないでってことか?」


そういえばそんな噂が立っていたんだっけ。領地に帰ってから色んなことが起こって普通に忘れていたわ。


「まだそんな噂が?」


「……いや? 最近は聞かなくなったな。なんだっけ、ベリエ公爵家の令嬢だったか? 最近だとその令嬢を王宮で見かけることが増えたな。殿下は趣旨変えしたのか?」


あ、あとあの子……なんて名前だっけ。ほら蜂蜜色の目の派手な子、と言うので、ああ、レリア・シュツェ侯爵令嬢のことかと思った。


リリアとレリア嬢が王宮に行っているのは王子妃教育の一貫かもしれないわね。その2人のどちらかがユアン殿下の婚約者に決まる感じかしら。何にせよ、私は除外されたようで良かったわ。

次回は8/27(水)に投稿致します。

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