144.ことわざはとても便利です
私ははっと木製ボードに貼られたメモにも目を向けた。
「……」
これも全部日本語だわ……この世界に転生してから見ることはなくなった文字……
懐かしい気持ちが胸の中から溢れてくる。
いえ、そんなことより、やっぱりハルトさんは転移者なんだわ。それも日本からの。これで疑いが確信に変わった……
私はハルトさんが12、3歳の頃にヴェルソー領のアクアリウス神殿にいたとお父様が言っていたことを思い出した。
その頃に転移してきたのかしら。それとももっと前? まだ子供の歳でひとりこんな知らない世界に来て、相当苦労したに違いない。何にせよ、魔塔主で魔法師団長までなっていることに私は同郷の者として尊敬せずにはいられなかった。
「どうした。何か珍しい物でも見つけたか」
背後から声がした。驚いて振り向くとハルトさんが後ろに立っていた。日本語を見つけた衝撃で思考の中にいた私はハルトさんが席を立ってこちらに来ていたことに気づかなかった。
スッとハルトさんの手が伸びてくる。避ける間もなく私の耳にそっと触れた。
予想外のことに目を見開く。
な、何かしら……
「ピアスを外しているんだな」
「……え?」
「普段は付けているんだろう? 市井に出回る君の絵姿には必ず耳に金色の石のピアスが付いていた」
「……」
お父様に外すよう言われたからだけど……でも私は今は「ミヅキ」だ。そんなこと言えるわけない。
私はポーカーフェイスで「今日はたまたまですよ」と言った。
ハルトさんが息をつく。
「面倒だから直球で聞くが、あれは魔石だろう?」
「……!」
「金色の魔石なんてこの世にはないはずだ。どこで手に入れた?」
「……」
魔石だと知られている。どうして……
ハルトさんの漆黒の目が鋭く、探究心の強さが現れている。
「魔石商が間違って金色の魔石を宝石店に卸した可能性を考えて宝石店を探し回ったが、売っているのは普通の金色の宝石ばかりだった。何故君が付けていたピアスの石は魔力を帯びていたんだ?」
ハルトさんが一歩ずつ迫ってくる。その度に私は後ろへと下がっていく。
「身分を振りかざしているつもりはないが、どうしても知りたい。教えてくれないか」
迫られ机に寄り掛かる。左手を机の上に乗せ体を支えようとした時、手に紙の感触が伝わった。
……隠していることはお互いに同じ。なら……
私はハルトさんの目を見つめた。
「……言う気になったか?」
私ははっきりと声に出す。
「……犬も歩けば」
「……?」
「犬も歩けば」
「……棒に当たる?」
「……」
「……」
「……」
「……え?」
ハルトさんの漆黒の瞳が収縮する。
「え、は……え?」
「花より」
「……団、子……」
「……」
「…………カメ◯メ」
「ハーッ!」
私は両手であの有名な攻撃のポーズをした。
「うぇぇ、うっそ、まじか……! えっ、日本人?」
ハルトさんが口元を押さえ、もう片方の手で私を指差す。
私はこくりと頷いた。
「俺は転生者です」
「転生って……前世の記憶があるのか! あ、だから日本語を見て……」
「はい。ハルトさんは転移者ですか?」
「ああ。13の時に」
13歳……お父様から聞いていた年齢だ。アクアリウス神殿にいたのは転移してすぐのことだったのね。
「どうやって転移をしたのですか?」
気になって聞いてみると、ハルトさんが眉根を寄せた。その時のことを思い出して悔やんでいるように見えた。
「……夏休みに俺の家族と友達の家族で山でキャンプをしていたんだ。薪を探すために友達と手分けして山の中を歩き回っていた時に白い靄みたいなものが浮かんでて……好奇心に負けて触れてしまったんだ」
白い靄……それが異世界に繋がるゲートみたいなものなら、どうしてそんなものが日本に?
「いつから気づいていた? 闘技大会か?」
「あ、いえ、魔道具です。この世界に転生したらあっちの世界の家電に似たようなものが家にたくさんあって、それで怪しんでいました」
「魔道具か。でもそれだけで普通怪しむか?」
ハルトさんが棚に置いてある試作品の魔道具を見回した。
「この国で唯一無二の黒髪黒瞳ですし、初めてお会いした時に容貌が少し日本人に近いような印象を受けたので……」
中肉中背で結構な日本人顔で年齢の割に若く見える風貌だ。
「あー、はは、なるほど……だからあの時あんな目を……」
すると、ハルトさんは訝しげに首を傾げ、呟いた。
「ん? でもそうしたらあの時のディアナ嬢のあの目は……」
2拍程置いた後、はっとした顔を私に向けた。
「なぁ、ちょっと不躾な質問をするけど……ミヅキって総長の隠し子だったりするのか?」
「は……?」
「いや、違うよな、そんなわけないよな。なんでもない、今のは忘れてくれ」
「……」
隠し子じゃなくて実の娘なんだけど。正体を明かすべきかしら……うん、転生者だと明かした今、私がしようとしていることをハルトさんにも知ってもらったほうが良いかもしれない。お父様の助けになるかもだし。でもその前に……
「ハルトさん」
「ん?」
「この部屋って防音とか作動してます?」
「いや? 何、内緒話か」
「はい」
「ちょっと待ってろ」
ハルトさんは机の引き出しから馴染みのある防音の魔道具を取り出し、作動させた。
「いいぞ」
「ありがとうございます。公爵家のハルトさんに指図できる身分ではありませんが、それでも、今からやることと話すことは他言無用でお願いします」
「……転移者である俺だから話すことか?」
「はい」
「わかった。約束する」
私は目礼した後、変身の魔法を解いた。金色の光が全身を覆う。
ハルトさんの息を呑む気配がした。
光が収まり目を開けると、それはそれは「驚愕」を絵に書いたような顔で私を凝視していた。
遅くなりました^^;
次回は8/18(月)に投稿致します。




