142.魔塔
ノヴァ様が屋敷に来てからの3週間。その間の私はというと、お父様にダンジョンの詳細についての報告をしたり、ちょっと魔塔へ行ったりしていた。
ダンジョンが出現する大まかな場所だったり、タイミングだったり、創造神オルベリアンにダンジョンを創ってもらうことになったことを報告する際、お父様の驚く顔が見られるかなって少し期待した。
けど、お父様は私のやることにはもはや驚かなくなっているらしく、反応といったらわずかに硬直したくらいで、むしろ内容を読むお父様の夜明け色の瞳は好奇の色で埋め尽くされていた。
報告してから精査するみたいなことをこの前お父様が言っていたけど、神様が出てきちゃったから問答無用でダンジョンに決定になった。そのため各領主の許可も必要なく、突如現れたダンジョンについては各々で対応してくださいという感じになる。これでお父様の悩みの種も余分な仕事もなくなった。
それから私は防御魔法のペンダントのメンテナンスをしに王宮にある魔塔に向かった。
王都の貴族街の石門に近いセレーネ通りの脇道に転移すると、そのまま石門に行く。道行く人たちの服装を見ると、あまり着込んでいない人が目立つ。うちの領地よりかは王都は幾分寒さはマシなようだ。逆鱗付き水竜マントに適温の魔道具も付けているため、私の服装は年中白シャツにマントのみという出で立ちで衣替えの必要もなく身軽でとても楽だ。
王都に来たは良いけど、アポ無しでも大丈夫なのか不安がある。一応急に訪れてもあまり迷惑がられないお昼を過ぎた時間に出発したけど……てか冒険者のミヅキがどうやってハルトさんにアポを取るんだって話だ。
あ、ギルマス経由か。やば、何も言ってないわ。でもお父様にはもう許可もらっちゃったし……
すっからかんの防御魔法のペンダントの魔石に私の魔力を充填するわけにはいかず、かといってお父様の魔力を充填してもらうこともできない。この魔道具を作ったハルトさんが「メンテナンスが必要」と言うからにはメンテナンスに出さないといけないことが起きる可能性がある。その時に魔石の色が金色に変わっていたり、お父様と接点がないのにお父様の魔力が入っていたりしたらものすごく怪しまれる。それを考えてメンテナンスついでにハルトさんに魔力を入れてもらうということでお父様は許可してくれた。
ノヴァ様も付いて行きたいって言っていたんだけど、冒険者ミヅキとして魔塔に行くから断った。今やもうノヴァ様はリュトヴィッツ伯爵家の者だ。貴族との接点は庶民設定のミヅキにはないので一緒に行くことはできない。あとお父様が「入館証がないと入れない」って言って反対したためノヴァ様はそれなら仕方ないと諦めた。
ノヴァ様、この間もハルトさんに会ってみたいとか言っていたわね。転移者かもって言ったことに何か気になるところでもあるのかしら。
一応ピスケスの月に王都のタウンハウスで行われるお兄様の婚約パーティーに魔法師団長を招待しているからそこで会えることを伝えたら、ノヴァ様は顔色を変えて「パーティー……宴……」と呆然と呟いて眉間にシワを寄せて考え込んでしまった。パーティーに苦手意識があるのかしら。
貴族街に続く石門で警備する騎士たちに、魔塔の入館証とついでに黒いギルドカードも見せた。
「Sランク魔法使いのミヅキ殿ですね。ヴェルソー魔法師団長からあなたが魔塔の入館証を持って訪れたらすぐに通すようにと仰せつかっています。今馬車を手配しますので、あちらでしばらくお待ちください」
淡々と事務的に言う騎士が手振りで指し示した方向を見ると、待合室みたいなのがあった。お礼を言って中に入り適当な椅子に座る。
ハルトさんの計らいに安堵しながらしばらく待っていると、2頭引きの馬車が来た。
それに1人の騎士と乗り込むと、馬車は王宮方面へと動き出す。
魔塔は王宮の敷地内にあり、西南の場所に位置している。
私は馬車の中でいつも身につけているピアスとイヤーカフと指輪を外し、ウエストポーチにしまった。お父様から魔塔に行く許可をもらった時に、お父様に魔力を帯びているものは魔塔に入る前に外すように言われていたから。あと入館証を必ず首から下げることも。
石門から1時間半程で魔塔に着いた。馬車から降り御者と騎士にお礼を言った後、初めて来た魔塔を見上げた。
想像していたよりかは高さはさほどないけど、所々蔦に覆われて良い感じに古く荘厳さを感じる。ファンタジーを代表する建物が目の前にあって蒼穹の瞳がキラキラと輝いた。
これが魔塔……
ドキドキと胸を高鳴らせながら入口に続く階段を3段登り、両開きの木製扉の前に立った。
ノックをしようとすると、扉にインターホンみたいなプラスチックみたいな半透明の黒いボタンが付いていることに気づいた。
あ、これを押すのかな。
躊躇なくボタンを押すと、案の定ピンポーンとインターホンでおなじみの音が鳴り響いた。異世界でこの音が鳴るのは違和感がある。
しばらく待つとガチャリと扉が内側に開いた。
「お久しぶりですね、ミヅキさん」
扉から顔を覗かせた人に見覚えがあった。
あ、確か闘技大会で審判をしていた……アシュレイ・リード副団長だったかしら。
「お久しぶりです。約束もなしに突然お訪ねして申し訳ないのですが……」
「もしかしてペンダントのメンテナンスかな?」
「! はい、そうです」
「お待ちしてましたよ。入館証もちゃんとありますね。さあ、どうぞ中へ」
物腰柔らかく中に通され、私はドキドキしながら魔塔の中へ入った。
中は灯りの魔道具で橙に明るく照らされ、広々としている。いくつか扉があり、その中の1つは開けっ放しで中からガヤガヤと喧騒が聞こえた。
「あそこは団員たちの食堂です。お昼時は過ぎていますがまだ少し賑わっていますね。この階には他に救護室と応接室があります。団長の研究室は一番上の5階にあります」
「あの、ヴェルソー団長と何も約束をしていないのですが、よろしいのですか?」
「全然問題ないですよ。入館証さえ持っていれば急に訪れても対応できますから」
朗らかな笑みを浮かべて言われたので、おかげで不安が霧散した。
階段の方に案内される。階段で5階まで行くのかと内心ちょっとげんなりしていると、リード副団長が階段の手すり近くに設置された魔道具らしきものに手をかざした。
途端、ウイーンと音が鳴り、階段が上に動き始めた。
エ、エスカレーターですって……!?
「はは、驚いているね。初めて見たでしょう。団長が開発した動く階段の魔道具なんだけどとても便利なんだ。段の上に立っているだけで上に登ったり下に降りてくれるんだから。まぁ最初は慣れなくて怖かったけどね」
リード副団長が得意顔で説明する。驚きが勝って全然話が入ってこなかった。
「手すりに掴まりながら立つと良いよ」
副団長がやってみせるようにエスカレーターに乗る。副団長が乗ったのを見て放心状態から抜け出すと、私も勝手知ったように乗った。
「初めてにしては上手だね。さすがSランク冒険者は肝が座っているし身体能力も違うな。扉に付いている呼び出しボタンにも気づいて鳴らしたし。初めてここに来た人は皆ノックするんだ。ノックって全然誰も気づかないからあれを取り付けたんだけどね、ははは」
エスカレーターに乗るのに身体能力はあまり必要ない気もするけど、この副団長はとても人が良いということがわかった。
長くなりました^^;
次回は8/11(月)に投稿致します。




