141.お父様とノヴァ様
ハインも顔を上げて騒がしい方を見やった。
「お、総長とあの人が手合わせするみたいっすよ」
「え!」
ハインはお父様程ではないけど背が高いので、人垣の向こうを眺め見て教えてくれた。
手合わせって、なにそれめっちゃ気になる! ダンジョンでは魔獣がいなかったからノヴァ様の戦闘が見られなかったのよね。
ソワソワする私をハインがニヤけた顔で見て、親指をお父様とノヴァ様がいる方向へ向けながら言った。
「ちょっと見に行ってみません?」
「! もちろんよ!」
ハインと一緒にギャラリーに向かうと、他の騎士たちもやはり気になるのかぞろぞろと付いてきた。
剣戟の音が聞こえる。
もう始まっちゃった!
小走りで近づくと、私に気づいた何人かの騎士が私にも見えるように一番前に通してくれた。
見ると、2人は激しく打ち合っていた。模造剣の金属音がキン、キンと高く響き渡り、容赦のない攻防に私を含め誰もが息を呑み言葉を失っていた。
「……え、すごくね? なにあの人」
ハインも目を丸くしながら口から讃辞をこぼす。それからも「おお……!」とか「うわ……」とか「文官がする動きじゃない」とか「どういう体の使い方をしているんだ」とかブツブツ言っている。
私もノヴァ様から目が離せない。ハインに気づかれた動揺がようやく収まってきたのに、今度は興奮に似た胸の高鳴りが私を支配した。
激しくて速い攻防の中でもお父様とノヴァ様の表情は相変わらず涼しい。
隣がいつの間にか静かになったと思ってハインをチラと見上げたら、顎に手を添えすごく真剣な顔つきに変わっていた。ハインは太陽のように明るくて部下の面倒見が良く誰とでも分け隔てなく接する性格だけど、ヴィエルジュ騎士団NO.2の地位でも驕ることはなく意外にもひたむきに努力をしている。だから、お父様とノヴァ様を見つめる茶褐色の瞳には、他者から学べるものは全て吸収してやると自分を高めることに貪欲な姿勢が垣間見えた。
お父様が少しギアを上げた。身体強化スキルを発動させたみたいだ。手合わせの際に外したのか、ノヴァ様の左耳に着いていたイヤーカフ——お父様が用意したものに新たに「スキル無効」の魔法付与がされている——がなかった。
ノヴァ様はお父様の動きに軽々とついていく。何のスキルも使っていないのに、だ。
地面が所々抉られていく。溶けた雪のせいで柔らかくなった部分から濡れた砂が舞い上がり、2人の足元を汚した。
一見すると2人は本気で戦っているように見える。でも殺意は全くない。凄まじい攻撃の展開やお互いの攻守の駆け引きの応酬に興奮がやまない。
え、ノヴァ様って、こんなにできるの? 黒い神力のイメージが強すぎて剣術がこれ程なんて思わなかったわ。むしろまだまだ余裕そうに見える。
呆然としていた騎士たちが皆我に返り始め、そして口々に感想や驚嘆を漏らし始めた。
「……これ、手合わせか?」
「すげぇ……」
「相手はあの総長だぞ」
「リュトヴィッツ殿は騎士団に入るのか?」
「うちか? それとも王国の方?」
「あの実力なら入団試験受けなくてもどちらも即合格だろうな」
「団長の顔が険しいな……団長も相当強いけど、これを見たらな。まだ本気出してなさそうだし」
団長を見ると確かに眉間にシワを寄せてノヴァ様を見ていた。もしかしてレイヴン団長、ノヴァ様に団長の座を奪われると思ってる?
「ノ……リュトヴィッツ様は騎士団に入らないと思うわ。お父様もそのつもりはないと思うし。リュトヴィッツ家の中継ぎの当主を引き継ぐために色々とお忙しいもの」
私が周りの騎士たちに向けてそう言うと皆残念がった。
朝日が訓練場を照らす。登るにつれて日陰の長さがだんだんと短くなっていく。
2人の顔に滲む汗が朝日に照らされて光っていた。
不意にお父様の口角が上がった。夜明け色の瞳に光が灯り、滅多に変わることのないその表情は喜んでいるように見えた。
「見たか、今……」
「ああ、見た」
「俺も」
「総長もあんな顔をするのか……」
ハインが信じられないといった顔でお父様を凝視している。他の騎士たちもまるで幻覚でも見たかのように驚愕している。
ノヴァ様の口角もわずかに上がっている。楽しんでいるのが見て取れ、私も自然と笑みがこぼれた。けどノヴァ様の笑みを目撃したレイ以外の女性騎士たちがソワソワしているのに気づいて、途端に落ち着かなくなった。
後日、ノヴァ様はお父様からノヴァ様専用の真剣を贈られた。もちろんオリハルコン製だ。
家族以外でお父様から真剣を贈られるということは、「総長の隣に立てる名誉を与えられた」という騎士の間での暗黙の了解みたいになっている。
お父様から剣を贈られた騎士は今のところヴィエルジュ第1騎士団のレイヴン団長と王国第1騎士団のファビウス団長のみ。お父様の右腕と左腕だ。ノヴァ様はお父様の背中を任せられる存在として騎士たちから認識されたみたいで、しかもお父様との手合わせで団長たちの実力を遥かに凌駕する腕前だと知られたことで騎士たちから一気に尊敬と羨望の眼差しを向けられるようになった。
けれど実を言うと、ちょっと順序が違うようだった。
ノヴァ様は自身に張られた結界で魔法が使えないので、何かあった時のためにお父様はノヴァ様のために剣の錬成を馴染みのダレン工房に頼んでいたらしい。ノヴァ様に得物の有無を聞いたところ「持っていない」とのことだったためだ。
持っていないのにどうしてそんなに強いのか尋ねたところ、数千年生きていればこれくらいはできるとのことだった。また、ノヴァ様の剣の相手だった混沌の神が放浪して行方不明になってから剣を持たなくなったらしい。
そしてオリハルコンの剣が完成したのがお父様とノヴァ様の剣術の手合わせの後だったので、騎士たちに誤解を与えてしまったみたいだった。でもあんな戦闘を見せられたら真実だと思ってしまうのも無理はない。
おかげでノヴァ様は、騎士でもないのにルナヴィア最強のお父様のライバルになり得る程の剣術の腕前をもつ人物であると領内に噂が広まるのにそう時間がかからなかった。仕事覚えが早い上に剣術の腕も剣聖級だったなんて、養子に迎えたリュトヴィッツ伯爵はきっと度肝も腰も抜かしていると思った。
次回は8/8(金)に投稿致します。




