140.いつもと違う朝の鍛錬
お昼を過ぎた頃にお父様とノヴァ様が帰ってきた。
2人はお父様の執務室にいるとシェリーから聞き、登録は無事にできたのか気になって執務室に向かった。
扉をノックし入っても良いか尋ねると、許可の応えがあったので扉を開けて中に入った。
目に入ったのは執務机に寄りかかるお父様と、その斜め横に立つノヴァ様だ。2人の強強美形オーラに目がくらむ。
私は一旦目を閉じて煩悩を消した。
「……どうでしたか?」
「ああ。無事に済んだ」
雑念を祓って開口一番尋ねた私にお父様が応えると、無事に登録できたことに私はほっと胸を撫で下ろした。
「ディアナの言った通り、あの大神官から鑑定させてくれと言われたがな」
「え!」
あの鑑定おじいちゃんめ……魔石での登録だからそんなに魔力量が多いわけでもないのに、何が引っかかったのよ。
「俺がステータスとやらの内容に思わず反応してしまったために大神官に興味を持たれてしまったのだ」
「え、何か問題でもあったのですか」
「いや……」
ノヴァ様は一瞬躊躇いを見せ、そして口を噤んでしまった。その様子はウィルゴ神殿に行った時に見たルナ様のあの意味深な表情に似ていた。
どうかしたのかしら……
訝しむと、ノヴァ様は何事もなかったかのように言葉を続けた。
「だがきちんと鑑定は断った。ステータスの名前欄にノヴァ・リュトヴィッツと書かれていたが、ご丁寧にその横に『新月の神』と闇属性の記載もあったからな」
うわぁ、そんな内容のステータス、絶対誰にも見られるわけにはいかないわね。
「ノヴァ様も『スキル無効』が必要ですね」
「そうだな。魔石はこちらで用意しよう」
お父様が同意して、ノヴァ様のものもイヤーカフの仕様にすることになった。
無事に伯爵との養子縁組ができたので、今日からこの屋敷で一緒に暮らすことになる。
ノヴァ様は貴族として新たなスタートを切った。
ノヴァ様が屋敷に住むようになってから3週間が過ぎた。
すぐにお父様の仕事を手伝うと思いきや、ノヴァ様は数日屋敷の書庫に入り浸り、まずこの国の、というか人間界の知識や常識を学ぶことから始めた。
それが終わると今度は帝王学や経営学、魔法学、法律、商法など専門的な知識も学び身につけ、うちに集まる各街の報告書にも目を通し、そしてリュトヴィッツ家の財政状況やエルガファルの街の現状についても理解すると、今ではグラエムに領地経営の仕事を一部任されるまでになった。3週間しか経っていないのに早すぎる。
有能設定を裏切らないノヴァ様の仕事ぶりに、お父様の部下までもがノヴァ様に心酔するような目を向けるのもそう時間がかからなかった。一体どこにこんな有能で実力のある者が隠れていたのかと、それを見つけ出したお父様もさすがだと讃辞が屋敷内を飛び交っていた。
そして凍てつく寒さが沁みるある朝のこと。
私は毎朝の日課として屋敷の裏にある騎士団訓練場でいつものように護衛騎士のハインと剣の稽古をしていた。
昨夜の間に訓練場に降り積もった雪は既に魔道具で溶かされ綺麗さっぱりとなくなっていけど、まだ少し地面が濡れている。
他の騎士たちもそれぞれいつものように決められたメニューをこなし、今は5つのブロックに分かれて
2人1組で打ち合い稽古を始めたところだ。模造剣の剣戟の音と騎士たちの掛け声が辺りに鳴り響いている。
でも今日は少しいつもと違っていた。
訓練の場に、お父様とノヴァ様がいるのだ。
騎士団の訓練はレイヴン団長や副団長であるハイン(イヴァンはお兄様の護衛騎士なので王都にいる)に任せていることなのでお父様はあまり来ないんだけど、気分転換と称してたまに訓練の様子を見に来たり、体がなまらないように動かしに来たりすることがある。でもノヴァ様まで来たのは初めてだった。
2人は騎士団たちの訓練の様子を眺めている。騎士の皆はお父様が見ているということで最初は少し緊張していたけどすぐに慣れていたのに対し、私はというとノヴァ様が見ているということでずっとガチガチに緊張していた。
「今日はいつになく動きが固いっすね」
手合わせの最中にハインが半笑いで言ってきた。
原因は自分でわかっているので、うっと言葉に詰まった。
「あ、もしかして総長の隣にいる人が原因ですか? なーんて……」
冗談のつもりで言ったハインの言葉にみるみる顔が熱くなっていくのが自分でわかった。
「……え、なんすかその顔……え、まさか……うおっ」
私はその言葉の先を言われたくなくて勢い付けて剣を捌きまくった。
「くっくっくっ」
ハインが笑いながら私の剣を受け止めていく。
「そうかぁ、ディアナ様がとうとう……あれ、なんか俺ちょっと涙出てきそう」
「っ、まだ何も言ってないんだけ……ど!」
剣を横に薙ぎ払う。ハインはそれを軽い身のこなしで避けた。
「動揺してるんすか? 剣筋がバレバレですよ〜」
「くっ……」
羞恥と焦りでいつものように動くことができない。でも周囲の喧騒によってハインとの手合わせを見学している騎士たちには私たちのやり取りが聞こえていないのは幸いだ。単に私の動きの鈍さに訝しんで「お嬢様頑張ってくださーい!」なんていう声援が聞こえる。
「確かに総長と並ぶくらいの容姿で仕事もできるときたらディアナ様でもクラッと来ちゃいますよね〜。ディアナ様は年上好きなところがありますから。既に使用人にも人気がありますし、女性騎士の何人かはこの状況に浮足立っていますよ」
やっぱそうだよね、人気出るよね……って、ちょっと。私が年上好きってなんで知っているのよ。
けど、どうしよう。自分でもどうしたら良いのかわからないこの気持ちをハインに知られてしまった。周りに言いふらされたら困るなんてものじゃない。もしノヴァ様の耳に入ったら……
「……ハイン」
「そんな怖い顔されなくても、わかってますよ。俺を見くびらないでください」
「信じるわよ」
とりあえず秘密にしてくれることに安堵した。
「あれ? でもディアナ様ってお見合いされて――」
その時、ワッとどよめきが聞こえてハインの言葉がかき消された。
騒がしい方を見ると、5つのブロックの中央には人だかりができていた。
次回は8/6(水)に投稿致します。




