139.ノヴァ様が貴族になりました
それから10日後の朝、ノヴァ様がうちの屋敷に招かれた。
今日、ウィルゴ神殿でノヴァ様のリュトヴィッツ家との養子縁組による魔力登録をするのだ。
応接室に通されたノヴァ様はいつも着ていた異国っぽい衣装ではなく、黒には変わりないんだけど貴族が普段着るようなジャケットスタイルの服装になっていた。その姿も洗練されていて本当にどこかの国の王族のような出で立ちで屋敷中の使用人や騎士たちを魅了していた。
ノヴァ様のジャケットの襟は金糸で唐草模様みたいに刺繍されていて、首に巻いた青いシルクのスカーフには留め具として金色の魔石のブローチが付いている。両耳には金色のピアスと左耳にはイヤーカフ、手首には黒い魔石のブレスレットを身に着けていた。
しかもノヴァ様の目は深紅ではなく青色になっている。瑠璃紺みたいな、満月に明るく照らされた夜空のような色でその色もとても似合っていた。
清逸さと大人の男性の色気を兼ね備えた美麗な顔立ちと長身故にスラリと長い手足。気配は抑えているとはいえ本当に人間かと疑う程の佇まいはお父様みたいに周りに二つ名を付けられそうな雰囲気だった。
今、応接室のソファで向かい合って私とお母様がノヴァ様の相手をしているんだけど、貴族の様相を纏ったノヴァ様に胸のドキドキが収まらない。
「神殿での登録が無事終われば、こちらで住み込みでジュード様の下で仕事をなさると聞いております。不慣れなこともあると存じますが、何かあれば遠慮なく仰ってくださいね」
お母様は「貴族の笑み」よりも少し砕けたような笑みでノヴァ様に言った後、私に顔を向けて「ふふ」と意味深に微笑んだ。
な、なんですか……
「しばらくお世話になります」
ノヴァ様が頭を下げた。しかも敬語を使っている。
事前に渡していた貴族の礼儀作法が載った書物を読み込んで覚えてきたらしいけど、一朝一夕じゃなく生まれた時から貴族のような完璧な振る舞いだった。
ノヴァ様の大まかな設定は、うちが懇意にしているいくつかの宝石商の1つの商家の3男で、今年30歳になる独身男性。お父様がその有能さに目をつけ、今回のリュトヴィッツ伯爵家との養子縁組が成り立った。
ただ伯爵から養子になる条件として提示されたのが、「結婚をしないこと」と「子を持たないこと」だった。その条件のために伯爵は中々条件に会う人物を見つけられないでいたけど、ノヴァ様は神様であり人間と寿命も異なるためそもそも結婚など考えていない。なのでこの条件に大いに当てはまる。何故この2つが条件かというと、伯爵は将来的に自身のお孫さんに家督を継がせたいからだ。中継ぎのノヴァ様がもしも所帯をもち子供が生まれれば、そしてその子供が優秀な子だったら家督争いが生じてしまうため、伯爵はそれを懸念して「結婚をしないこと」「子供を持たないこと」を条件にしたらしい。
ノヴァ様が「結婚しない」ということをお父様から聞いた時、ノヴァ様が誰のものにもならないという安堵の気持ちが胸に広がった。こんな人外級の美貌(実際神様なので人外だけど)で長身で目立つことこの上ないのだ。婦人も夫人も令嬢も絶対にほっとかない。だって未だにお父様にアタックしている女性が後を絶たないから。「結婚しない」というのはそういう人たちからのバリアになる。
でも安堵と同時に胸にチクリと痛みが走った。その理由もわかっている。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。紹介します。娘のディアナです」
私は丁寧にお辞儀をした。ノヴァ様とは初対面の設定なので、それを演じなければならない。
「ディアナです。どうぞよろしくお願い致します」
「ノヴァと言います」
ノヴァ様が目礼した。少し口元が上がっていることから、この状況を楽しんでいるように見えた。
普段とは様子の違うノヴァ様にちょっと緊張していたけれど、ノヴァ様が笑っているのを見て私も楽しまないとと思った。これからノヴァ様はうちに住むことになるのだ。山にずっと籠もっていたら味わえない色々なことをたくさん経験してほしい。人間界への追放が悪いものでもなかったと思ってもらいたい。
神殿に向かう時間が来て、ノヴァ様はお父様と一緒に馬車でウィルゴ神殿に向かった。
玄関でお見送りをした時、ノヴァ様とお父様が並んで一緒にいる所を見た使用人たちや騎士たち皆がぽーっと惚けていたのが面白かった。そうなる気持ちもわかる。
自室に戻ろうとした時、お母様が私に囁いた。
「30歳ですって。ふふ」
目を丸くした私を見て、お母様はまた「ふふ」と意味深に笑い、玄関ホールから離れた。私はその背中を苦笑いを浮かべて見送る。
私の好みが30歳以上って言ったからだわ……でもお母様、一筋縄ではいかないんですよ。
私ははぁ、と肩で息をついた。
次回は8/4(月)に投稿致します。




