15.洗礼式(3)
神殿の壁面は小さな彫刻で埋め尽くされ、2本の尖塔が蒼穹を突き抜ける程に高くそびえ立っている。
その荘厳さに私は圧倒されながら、歴史を感じる重厚な扉をくぐり、薄暗い室内へと入った。
それまでたくさんの好奇な視線を浴びていたので、私はそれが途切れたことにほっとした。
扉の両脇に2人の護衛騎士が警備として立つ。あとの2人は私の後ろからついてくる。
もう一つ扉を抜けると、陽光に照らされ青々と光り輝く壁一面のステンドグラスに目を奪われた。
うわぁ、すごく綺麗……いろんな青がこんなに……
まるで青の洞窟のようだと思った。
そしてはしたなくない程度に周りを見渡す。
天井には神々を描いた天井画で埋め尽くされ、私達がいる通路の両側に木製の長椅子が等間隔で並んでいる。ここは礼拝堂のようだ。
「ようこそ、お待ちしておりました。この度はヴィエルジュ辺境伯様のご令嬢様の洗礼式、誠におめでとうございます」
「今日はよろしく頼む」
お爺さんらしき人の声が前の方から聞こえた。お父様とお母様の背が高すぎて全然姿が見えない。
と思っていたら、お父様とお母様が体を横にずらしたので、挨拶をした人の姿が見えた。
「ディアナ、挨拶を」
「……! はい、お父様」
急に振られて少し心臓が跳ねたけどすぐに冷静になり、覚えたての挨拶をした。
「ヴィエルジュ辺境伯家が長女、ディアナ・ヴィエルジュです。本日はよろしくお願いします」
貴族の笑みを浮かべて優雅に見るよう意識しながらカーテシーをする。
「……ほぉ、御子息さまの洗礼式のときはフードを被ってらっしゃってお顔を拝見できませんでしたが、まるで月の女神もかくやという程に美しいご令嬢ですな。辺境伯様によく似ておられる。ほほ、隠されていたのもわかりますな。おっと、申し遅れました。私はこのウィルゴ神殿の大神官を務めております、ヴィンツェンツ・ホフマンと申します。洗礼式を迎えましたこと、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます」
たとえだとわかっているけど、月の女神のようだと言われて内心びくっとした。
5歳の子供に対しても礼儀正しい白ひげが立派なホフマン大神官は、背後に控えている数人の神官たちよりもひと際豪華な祭服に身を包んでいる。にこやかに笑う深いシワの入った目元からは優しそうな印象を受けるけど、底光りする緑色の瞳は鋭く、大神官らしく貫禄も兼ね備えているように思えた。
「では、さっそく洗礼の儀を始めましょう。どうぞこちらへ」
ホフマン大神官の案内で、正面の壁にある青いステンドグラスの手前にある祭壇に鎮座する大きな女神像に向かって通路を歩く。その像の頭には星の冠、左手には麦穂、右手にはエルアの葉を持ち、髪が麦色に、瞳には緑色に色付けされている。
もしかしてウィルゴ様の像かな。顔は夢で見たのとあまり似ていないけど。
ホフマン大神官が祭壇の前で立ち止まり、ゆったりとした口調で話し出す。
「この像はウィルゴ神という、月の女神ルナ様の眷属である星の神です。豊穣の女神でもありますので、ここの領地では月祭が行われる間はこうして祭壇に多くの作物を奉納し、収穫の感謝を祈ります。よろしければ皆様もお祈りをして頂ければと思います」
私はお母様とお兄様に習って、両手を組み目を閉じた。
無事転生できました。ありがとうございます。
目を開けたとき、気のせいかも知れないけど、ウィルゴ像の口元がさっき見たときと違って少し微笑んでいるようにみえた。
「祈り終えましたら、洗礼の間へとご案内致します」
ホフマン大神官が祭壇の左側にある奥の扉の方へ進んでいく。
金でできた複雑な模様が描かれた両開きの重厚な扉の鍵を開け、2人の神官が重たそうにゆっくりと扉を左右に開ける。
「どうぞお入りください」
私は洗礼の間に入ると、そこは円形の部屋だった。真っ先に目に入ったのは、中央に鎮座した月の女神ルナ様の像だ。髪が銀月色に塗られ、瞳も金色に色付けされているから間違いない。そしてこの像は私の身長の2倍くらいの大きさがある。
そのルナ像を中心に円形の壁に沿って囲むようにそれぞれ姿形が異なる像が並んでいる。数えてみると12体あった。その中にはウィルゴ像もある。他の像をよく見てみると、夢で見た女神様の眷属たちに似ていることに気づいた。
あ、リブラ様とレオ様っぽいのもある。ここがウィルゴ神殿で祭壇にウィルゴ像があるということは、他の領地の神殿にも一つずつ眷属神が祀られているということよね。
じゃあ、この国には神殿が全部で12殿、いや王都にもあるから13殿あるということか。
ひとり納得している間に護衛騎士も含め全員が洗礼の間に入り扉が閉まった。
壁にいくつか取り付けられた小さな灯りが、薄暗い室内を青色に照らす。
「ご家族の皆様はこちらで待機を。ご令嬢様はルナ像の御前にお進みください」
私は少し緊張した面持ちでルナ像の前に立った。
無機質な顔を見上げ、いよいよだわ、と心のなかで意気込んだ。
「ではルナ像が両手で持っている石に手を乗せてください。どちらの手でも良いですよ。その石は創造神様が興国の時代に、まだ魔法が使えなかったこの国の人間に魔法属性を与えるために作ったとされる石です。触れた瞬間、ご自身の魔力が体に流れているのがわかるようになります。認識できましたら、魔力をゆっくりと石に流してください。そうすると目の前にステータスが現れ、あなたの属性やスキル、魔力値、体力値がわかります」
私はホフマン大神官の言われた通りに右手を石に置いた。
ひと月前に自分で感知しちゃったけど、そんなこと言えないもんね。てかこの石、まさかのイケオジ神様が作ったとは。あ、魔力流すんだっけ。
魔力を流すと石が虹色に光り輝いた。魔力の波が私の髪とワンピースの裾をゆらゆらと靡かせる。眩しい光に思わず目を細めた。
ふとホフマン大神官を見ると、驚愕の表情を浮かべていた。
え、何かまずいことが……?
しばらくすると、虹色の光が徐々に消えていき、完全に消えると目の前に見慣れたステータスが現れた。
私は内心焦りながら内容を確認し、そして胸を撫で下ろした。
よかったぁ、ちゃんと隠蔽されてるじゃん。
属性はお父様に言われて3属性にしたので、火属性・風属性・土属性となっている。風属性を加えたのはその魔法の一覧に浮遊魔法があったからだ。氷魔法が使える水属性も捨てがたかったけど、やっぱ空を飛んでみたいじゃない?まぁ、消費魔力量半端ないんだけどね。
スキルには魔法創造が隠蔽され、身体強化のみ表示されていた。
よしよし、月属性も水属性も上手く隠れてる。何事もなくてよかったぁ……これで囚われの宇宙人の未来が回避できたわ!
「ステータスを確認できたようですね。ご家族でしたらステータスを見ることができますので、どうぞ見せてあげてください」
「はい、屋敷に戻ってからそうします」
そう言って私はステータスを閉じると、家族が待っているところに行こうとした。
「よろしければ、私もご令嬢様のステータスを拝見してもよろしいですかな?」
「え?」
「私には鑑定のスキルがありますのでステータスを見ることができるのです」
私はにこやかに微笑むホフマン大神官を見上げた。
え、なんで見たいの? もしかしてこうやって毎回他の子のも見ているのかしら。
私はお父様に視線を移した。お父様が僅かに首を振っている。
「申し訳ありません。家族に一番に見せたいので」
私は困惑気味に断った。
「そうですか。不躾で大変失礼しました。いや決して他意があったわけではありません。ただ石が今までで一番光ったものですから、もしかしたら魔力値がすごく高いのではと思いまして」
げっ、まじか! だからあんな驚いていたのね。
魔力値も改ざんしておくべきだったかな。いやでももしこの人が魔力感知できる人だったら、怪しまれるからしなくて正解だったかも。まぁ、お父様が魔力高いからきっと遺伝て思われるし、魔力値くらい知られても大丈夫だと思う。魔法師団長も多いみたいだし。
なので私は正直に応えた。
「確かに高いです。それ以外は……うちの家系らしいかもですね」
「おお、やはりそうですか。さすがヴィエルジュ家ですな。才能に恵まれた家系で羨ましい限りです。ご令嬢様の受け答えも5歳と思えぬ程しっかりしている」
なんだか何考えているのかよくわからないおじいさんね。まぁ、もし勝手に鑑定されても大丈夫なようにしてあるから問題ないわ。
洗礼の間を出るとき、お父様の青い視線を受けた。
私は「大丈夫」という意味を込めて、小さく頷いた。
洗礼式を無事終え、せっかくの月祭なので街を散策したかったけど、警備の都合上そんなことができるわけもなく、少し残念に思いながら帰りの馬車の中で私はお母様とお兄様にステータスを見せた。二人共、私が3属性だったことに喜んでくれたけど、魔力値を見た瞬間言葉を失っていた。そしてお兄様は「やっぱりね」みたいな顔をした。




