138.養子縁組の前準備
ノヴァ様がリュトヴィッツ伯爵の養子になることを受け入れた日に屋敷に帰宅してからさっそくお父様に報告したら、お父様はすぐに動いてくれた。
数日後、ノヴァ様はお父様と共に領の東部に位置するエルガファルという街を治めるリュトヴィッツ家に行き、伯爵と面会した。
ノヴァ様は伯爵の出すある条件にクリアしたらしく、その日の内に養子縁組が決定したらしい。あと人目を惹く容姿や雰囲気から伯爵だけでなく夫人や使用人にまで気に入られたようで、是非にということだった。
お父様に言われ、面会の時はノヴァ様は瞳の色を青色に変えていったそうだ。髪色は漆黒のままだったようなので伯爵は驚きはしたけど、うちの領の貴族は皆中立派なのでリュトヴィッツ家は騒ぐことも忌避することも神聖視することもなかったそうだ。そのことをお父様から聞いた時、私はノヴァ様が受け入れられて良かったとホッとした。
ただ、血縁でない者を養子にするには養子縁組の書類の記入の他に神殿で魔力登録を新たにしなければならない決まりがある。戸籍が変わるからね。
ちなみにノヴァ様には架空の戸籍が用意されている。うちと懇意にしている宝石商の三男だ。商家は架空なんだけど、書類上では数十年前から存在しているような感じで違法性は全くなく抜かりがない。お父様はどうやって用意したのか不明だ。
架空の戸籍を用意できたのは良いけれど、魔力登録をするのに根本的な問題がノヴァ様にはあった。結界で漏出を防いでいるため登録するにも神力が流せないのだ。それだと登録ができない。登録できないと養子縁組ができない。でもどうにかしなければならない。
私は再びランデル山脈にあるノヴァ様のいる家テントに赴いた。無事オルベリアン様がダンジョンを創ってくれることになったことと、神殿での魔力登録の際の問題点をノヴァ様に伝えた。
「何か考えはあるのか?」
ソファに並んで座り、体を斜めにして向かい合う。ノヴァ様はソファの肘置きに頬杖をついていた。
「はい。ノヴァ様にかけた結界を一度解き、放出される神力をこの空の魔石に入れます」
私は余った水竜の魔石の欠片で作ったブレスレットを掲げて見せた。
「ほう」
「そして、神力を入れたこの魔石のブレスレットを付けた状態でいざ魔力登録をする時に魔石が見えないように手の内側に魔石を入れ込んでこの魔石で登録をします。その時『魔力隠蔽』が付与されたピアスは絶対身につけておいてくださいね」
私は実際にブレスレットをはめて実演して見せた。
「袖で隠せば周りからは見えないと思います」
「なるほど。神力でも問題ないのか?」
私の魔力も元はルナ様の神力だけど、洗礼式の時に魔力が多かったのが珍しかったくらいで特に問題はなかった。ウィルゴ神殿の神官には魔力感知ができる人はいなかったし。そのことを説明したら納得してくれた。
「登録当日はリュトヴィッツ伯爵と私のお父様が同行します。日取りが決まったらまたお伝えしますね」
それから私は自分が5歳の時に経験した洗礼式の手順をノヴァ様に教えた。
「ウィルゴ神殿のホフマン大神官が同席すると思うんですけど、その方にはくれぐれも気をつけてくださいね」
ノヴァ様が訝しむ。
「その方は鑑定スキルを持っているんです。鑑定されればノヴァ様の正体がわかってしまいます。人に鑑定する時は鑑定されてるって対象に気づかれるのですぐわかると思うんですけど、まぁそもそも人に許可なく鑑定するのは違法なんですけどね」
「勝手に鑑定されたらどうする?」
「大神官は昔私に鑑定しても良いか聞いてきたので勝手にはしないとは思いますが、念の為お父様が『スキル無効』をかけてくれるので安心して大丈夫です」
もしかしたら、私の洗礼式の時もお父様が「スキル無効」のスキルを発動させてくれていたのかもしれないわね。
「でも効果範囲はお父様から15m以内ですのでそれ以上お父様から離れないようにしてくださいね。あ、そうだ」
私は収納魔法からイヤーカフを取り出した。
「このイヤーカフにスキル無効の魔法が付与されているので、良かったらこれをつけて行ってください」
ノヴァ様は頬杖をといて少し体を起こし、私の手の中にあるイヤーカフを見つめた。
「……これは『ミヅキ』が常につけているものだろう? 私がつけていたら怪しまれるのではないか?」
「髪にかかって見えないので大丈夫ですよ」
ノヴァ様はそれならとイヤーカフを受け取り、さっそく自身の左耳につけた。少し長めのクセのある髪に隠れて魔石部分は見えない。イヤーカフの金細工の部分がほんの僅かに見える程度だ。
私は腕に付けたブレスレットを外し、ひとまずテーブルに置いた。
「では、一度結界を解きますね」
「ああ」
ノヴァ様が居住まいを正すと、私は左腕付近の結界の膜に触れた。
この結界は私がかけたものなので壊す必要はない。普通に解除すれば良いだけだ。
解いた瞬間、せき止められていた漆黒の神力がぶわぁっと出てきた。
私はテーブルに置いたブレスレットをノヴァ様に渡した。
「ではノヴァ様、この魔石に神力を流してください」
ノヴァ様の手の平の上にある魔石の色が青から黒へとみるみる変わっていく。
おお、やっぱりノヴァ様も私みたいに魔石に魔力を込めると色が魔力の色に変わるみたいね。これって神力だから起きる現象なのかしら。
魔石が漆黒に染まると、ブラックプラチナのチェーンに漆黒の魔石というブレスレットが完成した。何これめちゃくちゃカッコイイじゃない。
その時、キッチンのコンロに突然火が着いた音が聞こえた。流し台にある蛇口からも水が勢いよく流れ出し、お風呂場からも水の音や洗濯機が作動する音も一斉に鳴り出した。
「……え、え、え?」
部屋中の魔道具が一気に作動したようだった。つけていなかった灯りや冷暖房の魔道具も狂ったように作動している。
この状況にしばし呆然として、2人して目を見合わせた。
「……すまない。俺の神力のせいだ」
結界を解き神力が放出されたため、その影響を受けて魔道具が反応してしまったようだった。
「あ、なるほど……じゃあ……」
私は再びノヴァ様に結界を掛け直した。神力の放出が防がれると、全ての魔道具の起動が止まった。
「……」
「……」
ノヴァ様はちょっと気恥ずかしいのか結構珍しい表情をしている。
その表情とさっきの状況を振り返って、私は笑いが徐々に込み上げてきた。
「ふふ、くっ、あははは」
面白すぎてどんどん笑えてくる。淑女の振る舞いも忘れ素で笑ってしまった。
その様子をノヴァ様は罰が悪そうに手で目の下を覆っていたけど、次第に指の隙間からくぐもった笑い声が聞こえてきた。
「ふ……くく」
ノヴァ様が笑い声を上げたところを初めて見た私は驚きでひゅっと笑いが引っ込んだ。。貴重な瞬間を目の当たりにして、これからももっとノヴァ様の笑った顔を見たいと思った。
少し文章を修正致しました。
次回は8/1(金)に投稿致します。
暑い日が続いていますので、熱中症など体調にはくれぐれもお気をつけてお過ごしください。




