137.祈りが届きました
ルナ様の何かを躊躇うような視線はすぐに逸らされた。瞳の中の満月が長い銀色の睫毛のカーテンで隠され、その意図することがわからなくなった。
「あ〜あ、ヤダなぁ♪ またあたしの月の時に崩壊するなんて♪」
ピスケス様の高く透き通るような声で我に返る。
「ピスケスは2回目だもんな。他に経験者は……アリエスか」
姿勢良く立つアリエス様が恭しく頷いた。
ベリエ家の「女神の化身」はピスケスの大満月の日の生まれだったもんね。シュツェ家の元冒険者カイルはアリエスの月の生まれ。今回の崩壊月がピスケスの月だということは、黒竜が国中に姿を見せたのがピスケスの月だったからかしら。それなら黒竜だったノヴァ様は自身にかけられた結界が崩壊の兆しを見せていることに気づいてタイミング良く国中に知らせてくれたと考えられる。どうやら擁護派の唱える説は正しかったようね。
「ディアナは既に浄化ができるのだ。崩壊を待たずともいつでも魔獣の浄化ができよう」
「ところがそうもいかないんすよ」
「どういうことだ」
レオ様が私に橙の目を向けたので、私はオルベリアン様にも事情を話した。あと私が創るダンジョンだと魔獣が現れないということも。
「なるほど、それで私を呼んだというわけか」
「できるかしら、オルベリアン」
「ああ、もちろんだ」
「摂理は問題ないのですか?」
リブラ様が問うと、オルベリアン様が「ダンジョンは別次元の空間だ。そこでは摂理や理というものは働かない」と当然のことのように言った。
え、じゃあなんで私が創ったダンジョンには魔獣がいなかったのかしら。ちゃんとイメージしたのに。
「だがディアナに与えた魔法創造スキルにはある程度の制限をかけている」
「え、制限、ですか……」
私は目を丸くした。
「悪用を防ぐためだ。ディアナはそんなことをする子ではないとは思っているが万が一のためにな」
合点がいき、私は小さく何度も首肯した。
月属性超級魔法の『月読』がそうだ。あれは時間を止める魔法だけど3分しか止められない。時間を制限なく止められたら悪いこともできてしまうものね。以前未来が見える魔法を創ろうと思ったことがあったけど、もしかしたらそれも制限がかかって創れなかったかもしれない。
「そういうことなら、ダンジョンはもうオルベリアン様に1から創ってもらうしかないっすね」
「それがディアナへのお礼となるなら、喜んで引き受けよう」
オルベリアン様は微笑み、ダンジョンをルナヴィア全土に出現させることを快諾してくれた。
私は歓喜して「ありがとうございます!」と、深々と頭を下げた。
これでダンジョンに魔物が! しかもオルベリアン様がダンジョンを創ってくれるなんて。正直1つダンジョンを創るのに浄化魔法に匹敵する魔力を失うから、それを15個も創ろうと思うとちょっとしんどいかもって思ってたのよね。
「それで、どんなダンジョンにするかもう決まっているのか?」
「はいはーい! 俺んとこはですね……」
再び皆で車座になり、レオ様を皮切りに眷属神たちがそれぞれの領地に創るダンジョンの内容を熱く語り出した。聞いていてワクワクするような内容で全てのダンジョンを巡りたいと胸が高鳴った。
オルベリアン様も「ほう、それは面白いな」とか「もっとこうしたらどうだ」とか案外ノリノリで皆の提案を聞いていた。
そうして眷属神たちとルナ様もちゃっかり考えたダンジョンの構想ができあがった。
「良い感じじゃん。あとはいつダンジョンを出現させるかだな」
「魔獣の浄化が終わってからでしょ」
「「人間をあっと驚かせちゃおうよ」」
「そうなると、演出が大事になりますね」
「演出かぁ。凝ったものがいいよなぁ」
楽しげに意見を交わす眷属神たちを眺めていると、隣に座るルナ様が「ごめんなさいね」と謝ってきた。
「何がですか?」
「あの子たちが勝手に話を進めているもの。ディアナも遠慮せずもっと言って良いのよ?」
「ふふ、いえ。星の神様たちのやり取りを眺めているだけで楽しいですから。皆仲が良いですよね」
ルナ様は遠い日を追想するように目を細めて眷属神たちを眺めた。
「ノヴァも……いつも静かにあの子たちの楽しげにしている様子を眺めていたわね」
そうだったんだ。その光景がちょっと目に浮かぶわ。
「よし、ディアナ! 決まったぞ!」
テンション高めのレオ様から魔獣の浄化後に行うダンジョン出現の演出を聞かされた。想像したら思わず頬が引きつってしまった。
だ、大丈夫かしら……まぁ、これなら魔獣が突然いなくなったことに色々詮索があってもカモフラージュできるかもしれない。
意見がまとまったところでオルベリアン様は立ち上がり、楽しい時間に終わりを告げた。
「ディアナ、そろそろ戻った方が良い。あまり長居するといけない」
「そうね、意識の回復に時間がかかってしまうわ」
ルナ様も立ち上がったので私も他の皆も追随する。仕方ないと思いつつ、名残惜しさでいっぱいで足腰が重く感じた。
「ルナ様、皆さん、色々とありがとうございました。オルベリアン様、ダンジョンのことよろしくお願い致します」
「ああ、任せなさい」
「ディアナ、瞬きする程の時間しかなかったが、楽しかったぞ」
「また祈りに来てね」
「ノヴァ様によろしく」
「次来た時は一緒に泳ごうね♪」
「今度この水瓶の中身で一緒に飲み明かしましょう」
「え、それホントに酒だったのか?」
「「じゃあねぇ」」
眷属神たちが別れの挨拶をする中で、カプリコルヌス様は私の目を見て口パクで何かを伝えていた。
? 何かしら……きを、つ…………「気をつけろ」? 立派な白ひげのせいで定かじゃないけど、もし合っているなら一体何に気をつけるのかしら。浄化の際魔獣に襲われないようにとかかしら。でもそれなら口に出して言うわよね。てかさっきルナ様もなんか意味深な目をしていたな。
すると、オルベリアン様がカプリコルヌス様に咎めるような目を向け小さく首を横に振った。カプリコルヌス様は難しい顔をして口を固く閉ざした。
私はよくわからないまま、ルナ様の「さあ、目を閉じて」の言葉に従い目を閉じた。
ルナ様が小声で「弟をよろしくね」と優しく耳元で囁く。
え、よろしくって……?
途端、眼裏の視界が金色に染まった。神殿の景色もルナ様の姿も、オルベリアン様も眷属神も見えなくなる。
しばらくして光が収まり、目をゆっくり開けると、ぼやけた視界には元の礼拝堂の祭壇が映っていた。
パチパチと瞬きを繰り返す。目に映る場所が鮮明になってきた。
あ、戻ってきたんだわ。
周りを見回しても、礼拝堂にいる顔ぶれがここに来た時と変わっていないので、天界でのことはほんのわずかな時間だったようだ。
夢から醒めた感覚にしばらくぼうっとする。
それからぐっと伸びをして立ち上がり、足取り軽く礼拝堂の出口に向かった。
次回は7/30(水)に投稿致します。




