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134.ウィルゴ神殿

翌朝。


今日は神殿に行くので、朝の日課の鍛錬と朝食を終えた後に分身魔法を使い、ミヅキに変身する。


ディアナの姿で神殿には行けないからね。領主の娘ってバレたらやばいことになる。ミヅキならひとりで神殿に行っても怪しまれない。


2号がテーブルに近づいてそこに置かれた1通の手紙を手に取った。


『ねぇ、今朝シェリーが置いていったこの「ディアナ」宛の手紙、読んでおかなくて良いの?』


「あー、帰ってきたら読もうかと思って。誰からだっけ?」


『うーんと、あ、アンリだ』


「えっ」


アンリからだったの? 手紙なんていつぶりかしら。


『開けていい? ってもう開けてるけど』


「……」


この間お父様がベリエ家から抗議文が届いたって言っていた。私が領内で婿養子を取ることになったから。まさかアンリからの手紙もそんな感じの……


『えっとねぇ……あら、パートナーのお誘いだわ。新年の祝賀と立太子の儀での』


「パートナー……」


殿下の誕生パーティーでのことが思い出される。でも私は婿養子を領内で取ろうとしている身で候補以外の他の男性をパートナーにして良いのかしら。でも領主貴族家しか出席できないから婿養子候補の3人は行けないし、お兄様はセシリア嬢がいるし。あら、そうなると誰もいないわね。まぁいなくても特に支障はないんだけど……


『あと、婿養子を取るというのは本当なのか、だって』


やっぱり。


「うん、それで?」


『ん? それだけよ』


「それだけ?」


私は2号から手紙を受け取ると自分でも読んでみた。確かに2号の言った内容だけだった。何故なのかとかどういうことかとか、そういった言葉はなかった。


婿養子を取るのは本当。でも私は……


お父様にハルトさんを新たに婿養子候補としてどうかと問われた時のように、ノヴァ様の顔が浮かぶ。ままならないことはわかっている。でも……


応えられない相手と約束するのはどうなの? もう色々初心者すぎてどうするのが正解なのかわからないわ。前世で学生の時に付き合った人がいたけど、誰でも良いから孤独を埋めてほしくて付き合っただけだった。今思えばあの時の私はなんて愚かだったんだろう。相手にとても失礼だったわ。


『……まさか私に丸投げはしないよね?』


「っ、その手があった!」


『……』


「……冗談です」


(2号)ってこんな顔もできたのね、と思った。


私はため息をついた。


「婿養子を取る身だからって断りの手紙を書いておいてくれる?」


『はーい』





薄暗い路地から通りにひょこっと顔を出す。昼前のスピカの街は、建物に積もった白い雪が陽光に照らされて輝きを放っていた。


ウィルゴ神殿は噴水広場がある十字路を西に50m程進んだ場所にある。ちょうど今の時間は朝の礼拝が終わり閑散としている頃だろう。


私は未だ路地の中から出られずにいた。


どうする? 巡礼の旅みたく隠蔽魔法をかけていく? でもただ祈るだけだし神像に近づいて何かするわけでもないから特にこのままでも問題ない、よね?


私はよし、と気合(?)を入れて路地から通りに出た。10m程進むと開かれた鉄門が見える。すれ違う人たちにびっくりした顔をされながら門をくぐると、ゴシック建築のような神殿がどーんと、尖塔が雲の多い空を突き刺すようにそびえ立っている。


(ミヅキ)でも礼拝で祈ったりしますよ、的な顔で礼拝堂に続く扉を抜けると、まっすぐ向かった先の祭壇に大きなウィルゴ像が青いステンドグラスを背景に鎮座していた。


星の冠を被り、右手にはエルアの葉、左手には麦穂をもち、礼拝する人たちを無機質な顔で見下ろしている。


私は厳かな雰囲気が漂う空間を静かに歩き、祭壇に近い一番前の席に腰掛けた。


ウィルゴ像を見上げる。


本当に届くのか半信半疑だけど……


私は両手を組み、目を閉じて祈る姿勢をとった。


えー……こんにちは。ミヅキ、じゃなくてディアナです。あ、元は美月だった者です。この間黒竜の浄化に成功しまして、ノヴァ様を瘴気の毒から救うことができました。


……


い、言っても良いかな……


えっと、それで、お願いがあるので――


瞬間、目を閉じているのに視界が金色の光に染まった。


わっ、な、何事……!?


びっくりして目を開けても目の前の景色は祭壇ではなく金色の世界だった。


戸惑っていると、徐々に金色の光が収まってくる。


土と草の匂いと銀月草に似た花の優しい香り、そしてノヴァ様から香るような夜の匂いがした。


視界が開け、果たして目の前に現れたのは覚醒する前の夢の中で見た月の神殿だった。


目をパチパチとさせる。


うえ、え? なんで……?


目をこすっても景色は変わらなかった。


そして自分の腕にかかる髪の色が白銀であることから、ディアナに戻っていることに気づいた。


すると、戸惑い立ちすくむ自分の背後から覚えのある気配がした。


ぱっと振り向くと、満月の女神ルナ様が微笑んで私を見ていた。

次回は7/23(水)に投稿致します。

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