133.深紅の瞳
急にそんなことを聞かれ私は目を丸くした。
「恐ろしい……? どこがですか?」
純粋に疑問に思う。まじまじとノヴァ様の全身を眺めてもそんなことを一切思わない。むしろ「恐ろしい」とは無縁の風貌と容姿だ。
「体から常に闇色の神力が漏れている俺は不気味に思わないのか? この赤い目も」
ノヴァ様が深紅の目を私に向けた。初めてしっかり目が合ったので、ドクンと心臓が跳ねた。落ち着け、私。
それより、不気味に思わないのかですって?
「全く思いません。黒い神力なんてめちゃくちゃカッコイイですし、その深紅の瞳も光の加減でルビーとかガーネットの宝石みたいに輝いて見えてとても綺麗です。ていうか黒と赤の組み合わせなんてカッコイイの権化じゃないですか。あと魅惑的とか」
「……」
私の勢いにノヴァ様が目を見開いて固まる。
やばい、ファンタジー好きが加速してしまった。本当に落ち着け、私。
「……俺と目を合わせると不幸になると言われていても?」
「はい? 誰がそんなことを?」
「……」
その人を思い出しているのか、顔を逸らし、ノヴァ様の深紅の瞳が燃え滾るように揺れ動いた。
こんな目をするなんて、追放にまでなった罪と何か関係があるのかしら……あ、ノヴァ様が伏し目がちなのとあまり目が合わないのは、自分と目を合わせると相手が不幸になると言われているから?
「実際になったことがあるのですか?」
「……」
眉根を寄せ、苦しそうな顔だ。
私は静かに息をついた。
「……これは私の持論なのですけど、幸せか不幸かは誰かがもたらすものではなくて自分自身が決めることだと思うんです。幸せかそうじゃないかは、それこそ自分次第だって」
「……」
ノヴァ様はきょとんとして、私を見てそのまま固まってしまった。深紅の怒りの炎は鎮火されている。
幸せかそうじゃないかは他人が決めることではないと私は思う。幸せや不幸になるきっかけとかは他人からもらうこともあるけど、幸せを感じてそれを維持するか不幸から脱却するかは本人次第だから。前世の私はそれができなかったから、今世では変わろうと思ったのよね。
「偉そうに何を言っているんだって感じですよね。でも、誰かがそんなことを言っていたとしても、それは決してノヴァ様のせいではないですよ。断言できます」
ノヴァ様の深紅の瞳を見てきちんとそう言う。見ていると、生命の源を思わせるその色に神秘さを感じて見惚れてしまいそうになる。
伝わっているかな……でも長い年月自分と目を合わせると不幸になるって言われていたら私が何か言ったところですぐに考えが変わるとは思わない。けど、水面に石を投げたら波紋が広がるように、ノヴァ様の中で何かが変わるきっかけになれば良いと思った。おこがましいかもだけど。てか誰かしらそんなことを言ったやつ。神様にも無分別な人がいるのね。
しばらくフリーズしていたノヴァ様が徐ろに動き出し、テーブルの上に置いていたピアスを手に取り両耳にそれぞれつけ始めた。
ブローチにも手を伸ばして黒い衣服の左胸に付ける。魔力隠蔽の効果で金色の宝石に見えるそれらは、ノヴァ様が身につけると夜空に浮かぶ月のように見えた。
今気づいたけど、ブラックプラチナに金て、ノヴァ様の髪と私の瞳を合わせたみたいになってるじゃない。私が魔法付与しちゃうと金色に染まってしまうからしょうがないんだけど、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたわ。
まぁ、ノヴァ様はこの国の色に込める意味を知らないだろうし、そんな気にしなくて良いよね。
「とても似合っています」
「そうか……ありがとう」
ノヴァ様が口元に手を添える仕草をする。顔を逸らしていて、どんな表情をしているのかわからなかった。
「ところで、まだあの話は有効か?」
「あの話?」
「その……どこかの貴族の養子になってディアナの家に住むという話、だ」
!!
それを聞いて胸の内側から喜びが溢れ出てくる。
「有効です! え、良いのですか?」
ノヴァ様は口元にあった手をどけて顔を私の方に戻し「ああ」と頷いた。
本当に良いんだ。嬉しくて微笑が漏れる。
「ふふ、ありがとうございます。お父様に報告して色々準備を進めていきますね」
「礼を言うのは俺の方だ。よろしく頼む」
良かった。この話を持ち出した時、結構難しい顔をしていたからちょっと無理かなと思っていたけど。もしかして人間界を楽しみたいって思ってくれたのかな。
はっ! 待って。これから一緒に住むわけよね? 気になっている人と一つ屋根の下ってことよね? 何この少女漫画的展開……って、自分から誘ったんだったわ。
あぁ〜、と頭の中をぐるぐるさせていると、ノヴァ様が顔を覗き込んできた。
ひゃあっ、近い!
「どうした? やはり無理そうか?」
「はい! っ、いえ!」
あなたのどアップは無理よ!
「ふ、どっちなんだ」
くっ……
耐えろ、耐えるのよ私……
その後なんとか平静を取り戻した私は、ノヴァ様が貴族の養子になるということで貴族のマナーや振る舞い、言葉遣いなどを覚えていかないといけない話をした。ある程度は教えられたけど、細かいところは後日書物を持ってきて目を通してもらうことになった。
窓の外を見ると、日没がもう近かった。
「では私は屋敷に戻りますね。神殿には明日行くことにします」
私はソファから立ち上がった。
「ああ」
「では……また来ますね」
「ふ、ああ」
初めて穏やかな笑みを向けられた私はもうこれ以上もたないとばかりにそそくさと玄関に向かった。
扉を開けて外に出る。赤みがかった橙色の冬茜の空がとても綺麗だった。
熱かった顔が外の空気で冷やされる。
振り返って家テントを見ると、また頬が緩んだ。
はっとして頭を振る。ふう、と息を吐き、私は指輪を使って自室に転移した。
次回は7/21(月)に投稿致します。




