132.ピアスとブローチ
ノヴァ様から顔を逸らし、火照った顔を手で扇いで冷ます。
あ、元の姿に戻ろう。そうすれば適温の魔道具を付けていない状態になるから冷気で顔の熱さを冷ますことができるわ。
私は「ミヅキ」から「ディアナ」に戻る。適温の魔道具の効果がなくなり、凍てつく風が肌を撫でて火照った顔にはそれが心地よく感じた。
私はダンジョンの扉に手をかざし魔法を解除する。扉がスッと消えた。
「なかなか面白かったな」
声は平坦だけど、扉があった場所を見つめている深紅の瞳は興味や好奇といったものが滲んでいた。
ノヴァ様が私に顔を向ける。
「これから神殿に行くのか?」
「そうですね。あ、その前にノヴァ様に渡し……っくしゅん! すみません……」
冷えるの早すぎ。真冬の山の冷気の威力、恐るべし。
鼻をすすって腕をさすっていると、ノヴァ様が私の手首を掴んで歩き出し、家テントの方へ向かった。
「たくさん歩き回ったのだ、一度中で休んでいけ。まぁ、これはディアナの部屋だから俺が言うことではないが」
「あ、ありがとうございます……」
掴まれた手首がじんじんする。そこだけ熱を持っているみたいだった。
家テントにお邪魔すると、私はキッチンに入って紅茶を用意した。茶葉が前よりも結構減っているのに気付き、ノヴァ様が飲んでいることがわかった。
ふふ、気に入っているみたいね。いくつか種類も増やしておこうかしら。
ティーセットをソファテーブルに置く。そしてソファは2人掛けのが1つしかないためノヴァ様の隣に座るしかない。さっきの今ので躊躇いが生じた。
「……座らないのか?」
「あ、えっと……」
ノヴァ様の表情を見ても特に変わったところはない。いつも通り感情の起伏が表に出ない顔で私のことをどう思っているのかわからない。心を忙しくしているのは私だけのように思える。そのことに気づいてノヴァ様の言動に一喜一憂している自分が少し恥ずかしく、そしてちょっと虚しくも感じた。
そっと息をついて心の奥底にしまうと、ノヴァ様の隣に座った。紅茶の蒸らし時間が良いところで、私はそれぞれのカップに注いだ。
紅茶の香りと程よい甘味で心を落ち着かせる。
「……美味いな」
ほら、また。
「……それは良かったです」
「俺が入れるとこんな味にならない。何故だ?」
「そうですね……ポットを予め温めておいたり、あとは少し蒸らすと良いですよ。この茶葉ですと3分くらい」
「ふむ、わかった。やってみよう」
気に入っているなら自分でも美味しく入れたいものね。
ひと息ついたところで、神殿に行く前にノヴァ様に渡さないとと思っていた水竜の魔石がついたピアスとブローチを収納魔法で出してテーブルの上に並べた。
「……これは? 水竜の魔力を感じるが」
「これはまだ完成ではないんです」
「?」
私はブローチについた魔石に手をかざし、『転移魔法』の魔法付与をした。独特な青色から満月のような金色に変わる。
ノヴァ様が目を瞠る。
続けてピアスにも手をかざし『魔力隠蔽』の魔法を付与する。
「できました」
私は指を差して説明を始めた。
「このブローチを身につけると転移ができます。このピアスはブローチにかけた私の魔力とノヴァ様の神力を隠蔽するためのものです。人間の中には魔力感知ができる人がいます。私とかお父様とかお兄様、あとは家令のグラエムもそうですね。他にも王族や高位貴族にもいたりします。私は普段魔力を遮断していますが、『冒険者ミヅキ』の魔力は感知できる人には知られていますのでディアナの魔力と一緒だと思われないように隠す必要があるのです。なので必ずこの2つはセットで身につけておいてください」
「……これを俺に?」
「もちろんです。結界で力が使えないのは不便でしょうからとりあえず転移を使えるようにと思って。『転移』と心の中で唱えると行きたい場所に転移できますよ。あ、行ったことのある場所限定ですけど。もし何か必要な魔法があれば教えて頂ければまた作りますね」
「……」
ノヴァ様の深紅の瞳が微かに揺れている。
「……どうされました?」
「いや……どうして俺にここまでするのかと」
どうしてって、それはたぶん……邪な気持ち半分と、あとは……前世の自分とちょっと重なるから、かな。
人間界に1000年の追放。人間にとっては途方も無い年数だ。そんな気が遠くなるような長い長い時間をノヴァ様はひとりこの山で過ごしている。伏し目がちな目は時折、孤独や遣る瀬無さ、諦観のようなそんなものが垣間見える。あの頃の私みたいだ。
でも同情されてるって思われたくないから言わない。自分と重ねているだなんておこがましいかもしれない。それに、本当のところは本人しかわからない。
「……せっかく人間界に来たのですから、ノヴァ様には楽しんでもらいたいです」
心の内は表に出さないよう笑顔で言う。でもこれも本心だ。
「……楽しむ、か。そんなこと、考えたこともなかった」
そう言ったノヴァ様の目はどこか遠くを見つめていた。
「お前は俺が恐ろしくないのか」
次回は7/17(木)に投稿致します。




