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14.洗礼式(2)

私は窓の外を流れる景色を青い瞳を輝かせながら眺めていた。

ほぼ城と言って良い程立派な屋敷と広大な敷地を抜け正門を出ると、雅やかな貴族の邸宅が並ぶ街に入る。

綺麗に舗装された石畳の道が続いていて、おしゃれなブティックや高級飲食店などが並んでいる。


しばらく馬車が進むと、堅牢な大きな石造りの門が見えてきた。そこを通り抜けると、貴族街とはまた違った雰囲気の街並みが現れた。


馬車が大通りをまっすぐ進んでいく。


「ここはスピカっていう街で、領で一番栄えているんだ」


隣に座るお兄様が教えてくれる。


「可愛らしい街並み!」


ドイツのローデンベルクに似た可愛い色合いの家やお店が並び、沿道にはたくさんの人で(にぎ)わっていた。街に暮らす人やお店の人、行商人や冒険者のような格好をした人たちが、私達を歓迎するかのように笑顔で手を振っている。よく見ると、ほとんどの人が頭に月桂樹(ローリエ)の葉で作った冠を被っていた。月祭のときはああやって月桂樹(ローリエ)の冠を被るのが習わしらしい。


警備の騎士たちが馬車に誰も近づけさせないように道沿いに複数立っている。


見慣れない街並みや人々の装いを見て改めて自分が違う世界に転生した実感でテンションが上っていた私は、特に何も考えす笑顔で沿道の人達に手を振り返した。


すると、皆突如充電が切れたかのようにぴたりと固まり、目と口をあんぐりと開けて馬車が通り過ぎるのを見ていた。


「……? あれ、手を振ってはダメでした?」


窓から顔を離して家族を振り返ると、お兄様はやれやれといった風に肩をすくめ、お母様は「特に駄目ではないわよ」と、くすくす笑っている。


「皆びっくりしたんじゃない? 領主家に娘もいることは知っていたけど、顔は知らなかったからね。ここの領では、まぁここだけじゃないけど父上がものすごく人気なんだ。昔、北の隣国の軍が国境を攻めて来たときに再起不能にさせたし、Sランクの魔獣倒すし、その上この美貌だからね。その父上に顔がそっくりな娘が、普段父上が滅多に見せない笑顔を見せたら皆あんな風になるよ」


どんまい、みたいな副音声が聞こえた気がした。


それよりも、さりげなく伝えられたお父様の功績に驚いて、向かいに座るお父様を見ると、頬杖をついたお父様が呆れたような目で私を見ていた。


「ディアナにはまだ自覚が足らないようだな。瞳が金色でなくなったからといって、油断するな」


「う……はい、気をつけます……」


お父様にもっともな注意をされ、さっきまでのテンションが急降下した。


「エレアーナに振る舞いの他にあしらい方も学んでおきなさい」


「はい。お願いします、お母様」


「ふふ、もちろんよ」


私が出歩いたりするようになったら、こんな容姿だもの、じろじろ見られることが日常茶飯事になるわよね。慣れておかないと。それに無闇に笑顔を振りまかないようにも気をつけないと。


出発から1時間もかからない内に、馬車がゆっくりと停まった。ウィルゴ神殿に到着したようだ。

場所は噴水広場がある十字路を西に50m程過ぎたところで、窓からはゴシック建築のような造りの神殿の一部が見えた。


十字路では屋台が軒を連ねていて、神殿の前には数え切れない程たくさんの人がいる。警備の騎士たちが「押さないでください!」「もう少し下がって!」など大声を上げていた。


「お兄様、すごい人ね。祭のときはいつもこんななのかな」


「それもあるけど、大半は僕たち目当てじゃない?」


「あ、領主だから?」


「うん。それにほら、父上は有名人だし、家族皆容貌が人並外れているし、今まで全く表に出さなかった令嬢の洗礼式だし。皆ひと目見たいって思うんじゃないかな」


「はは……」


乾いた笑いしか出てこない。


「背筋を伸ばして、堂々としていれば大丈夫よ」


お母様が微笑んで、少し怖じ気付いている私にアドバイスをしてくれた。


馬車の扉が開けられる。


お父様が降りた瞬間歓声が上がった。


「領主様ー!!」「辺境伯様ー!!」


黄色い声も野太い声も子供の声も入り混じっている。すごく人気だ。まるで推しが目の前に現れた時のように群衆がさらに押し寄せてくる。


お父様にエスコートされてお母様が降りると、途端に周りは女神の降臨を間近で見たかのような、ほうっと敬虔(けいけん)な眼差しになった。


私は頬が引きつりそうになった。


……こんな状態の中降りるの? ハードすぎない?


そしていつも甘い笑顔のお兄様が、7歳とは思えないほど凛とした雰囲気を醸し出すのを見て、私は息を呑んだ。馬車を降りると、再び黄色い声が響き渡る。


お兄様は常に次期当主としての振る舞いが求められているんだわ。


お兄様が手を伸ばして私を待っている。


私は覚悟を決め表情を引き締め、事前にお母様に習ったことを思い出すと同時に、日頃のお母様の美しい所作や仕草、表情、佇まい、歩き方などを頭に思い浮かべる。


そしてお兄様にエスコートされながら馬車を降りた。


それまで響き渡っていた歓声が、時が止まってしまったかのように一瞬にして静まり返る。


私はしっかり前を向いてお兄様の手をとっているので、領民たちがどんな顔をしているのかわからない。

あまり気にせず、前を歩くお父様とお母様の後に続いて、私は背筋を伸ばして堂々と神殿に向かった。

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