121.秘密
右手をノヴァ様にかざすと、金色の魔法陣が現れた。
『月の光』
ノヴァ様が満月の光のような優しい金色の光に包まれる。
そして光が収まると、ノヴァ様の体に沿って金色の膜が張られた。膜の内側で黒い神力がせき止められている。
ノヴァ様の瞼が上がる。
「どうでしょうか……」
ノヴァ様が自身の手や身体を眺めると、「ああ、上出来だ」と言った。
「漏出を抑えられている。感謝する、ディアナ」
「い、いえ! お役に立てて良かったです」
私は照れを抑えながらお父様の隣にまた座り直した。
ああ、緊張したぁ。でも初めて結界魔法を使ったけど成功して良かった!
黒竜の浄化が済み、ノヴァ様に新たな結界が張れた。あまり目が合わないからわからないけど、これで瘴気の発生を防げることに安堵していると信じよう。これであとは私がやるべきことは魔獣の浄化ね。今の魔力値で浄化した後に何故かぶっ倒れたからやっぱり余裕をもって15万は必要だわ。まだまだ頑張らなくちゃ。
執務室の扉のノック音が響き、グラエムがお茶と軽食を運んできた。侍女か侍従にやらせないのはノヴァ様がここにいるからだろう。
このままグラエムもいつものように扉の前で待機するのかと思ったら、お茶を入れた後に執務室を出ていった。忙しいのか、それとも何事にも動じない厳粛なグラエムも神様の前だと緊張しちゃうとか?
「……これは?」
ノヴァ様がテーブルに置かれたカップに目を向ける。
「紅茶ですよ。天界にはないのですか?」
「ああ、酒か果実水くらいだ」
あれ、でも夢でルナ様に会った時は紅茶が出てきたような。ノヴァ様が人間界に来てから800年経っているから天界の嗜好品も変わったということかしら。
「美味しいので飲んでみてください」
そう言うと、ノヴァ様は紅茶が入ったカップを手に取り、香りをかいでからカップに口をつけた。そして伏し目がちだった瞼がわずかに開いた。
「……ほう。美味いな」
「ふふ、でしょう? グラエムの入れた紅茶は抜群に美味しいのです」
ちょっとドヤッとしながら、私はサンドイッチを掴みもぐもぐと食べ始めた。あー、卵が良い感じにとろふわだわ。
しばらく無言でそれぞれお茶や食事を堪能していると、ノヴァ様が「それで、聞きたいこととは」と、紅茶のカップに目線を落としながらお父様に尋ねた。
緩んだ空気を切るように夜明け色の瞳はまっすぐノヴァ様を見ている。
「何故あなたは人間界に?」
お父様の直球的な質問に、私はゴクンと口の中のパンを飲み込んだ。
ノヴァ様は一度目を閉じ、そしてまた薄く開いた。
「……俺は天界で罪を犯した。その結果人間界への1000年の追放処分となったのだ。神でさえ予想できなかったことが起きたその尻拭いを人間にやらせる……何とも愚かで滑稽なことだ」
ノヴァ様が自嘲するように笑った。
「1000年……罪というのは?」
「……」
ノヴァ様の笑みが消えた。眉根が寄る。
その様子を見ていると、不意に目が合った。ドキッとしたのも束の間で、すぐに逸らされた。
1000年なんて途方も無い年月だ。それ程の重い罪って、一体何をしたのかしら。気になるけど、お父様も聞いても話さないってことは話したくないってことよね。
お父様が静かに息を吐く。
「あとどのくらいここに?」
「200年だ」
お父様の眉根がわずかに寄った。
「なるほど……もう1つ。結界がそれまでとは違って今回は大満月の前に崩壊が迫っている理由は何かご存知ですか」
ノヴァ様が空のカップをテーブルに置いて、腕を組んだ。
「……はっきりとはわからないが、3人目の者は各神殿の依代に込める魔力の量が足りなかった可能性がある」
「依代?」
「神殿にある神像のことだ」
私は目を見開いた。
ここに帰るまで、各領地の神殿を巡って像を光らせた記憶が蘇る。
「1人目――アドリアーノが姉上の力を借りていた際に姉上から土地の中心部に姉上の依代とその周囲に12柱の星の眷属神の依代を設置するよう頼まれたのだ。今後結界が崩壊する前に各神殿の依代に大満月の生まれの者が結界に必要な魔力を込める必要があるためだ。その効果は結界の再生だけでなく、この土地に充満した変質した魔素を薄める役割もしていた」
え、そうなの?
結界修復の前に神像に魔力を込める必要があることは「女神の化身」の手記でわかっているけど、この国に充満した瘴気を薄める役割もあったことまでは知らなかった。
「冒険者カイルの手記にそのことは書いてありました?」
隣のお父様に尋ねると、「いや、なかった」と言った。
「だが所々文字が薄れていたため読み取れなかった可能性もある」
「あ、なるほど」
そもそもなんで「女神の化身」の手記って一般公開されていないんだろう。
「ノヴァ様が仰ったこと、この国では知られていないことなのですが何か理由があるのですか?」
「……おそらく、人間に俺のことを知られないようにするためだ」
え……どういうことかしら。
「魔獣と戦える力をつけさせるために人間に魔法属性を与えたは良いが、将来人間は瘴気の原因を解明する時が来る。原因が山にいる黒竜、俺だとわかれば人間は俺を殺そうとするだろう。姉上はそれを恐れたため、アドリアーノに他言無用だと念を押した」
そう語るノヴァ様の表情はとても凪いでいて、ルナ様のようにとても恐れているようには見えなかった。
次回は6/23(月)に投稿致します。




