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120.色んな真相

結界って黒竜に張ってあったあの結界のことよね。え、浄化をしたのにそれをもう一度張るの?


疑問に思っていると、ノヴァ様が自身の掌を上に向けた。それを見つめるノヴァ様の深紅の瞳には黒い炎のような揺らめきが映っている。


「……俺のこの神力は常に放出されている。新月を司る特性のために。だがこの神力は人間界の魔素と混ざり合うと毒となり、その変質した魔素によって獣が異形化し魔獣となるのだ。その証拠に魔獣は全て俺と同じ色の目をしている」


「――!!」


私はお父様と顔を見合わせた。


魔獣が現れたのは変質した魔素、いわゆる瘴気が原因だと一般的に知られているけど、その瘴気の発生原因までは不明だった。まさかノヴァ様の神力だったなんて……


あ……もしかして女神様は敢えて私に言わなかったのかな。女神様は魔獣が現れた原因は言っていたけど、瘴気が起こった原因は言わなかった。それは自身の弟によるものだから、言いたくなかったのかもしれない。


私はノヴァ様の体から揺らめく炎のように溢れている黒い神力をまじまじと見た。


「私には空気が揺れているようにしか見えないが、ディアナには見えているのか?」


「え? はい。黒い揺らめきが体から……あれ、でも私、魔力は見えないはずなのに」


「ディアナは姉上の神力そのものを魔力として持っているから俺の神力は見えるのだろう」


「なるほど……」


あれ? 神力は見えるんだけどそれを感じないわね。なんでかしら。山脈にいる時は懐かしさみたいなものを感じたのに。


「長年の疑問が解決したな」


お父様が息をついた。


「責めているわけではありませんが、あなた自身で魔獣をどうにかできなかったのですか?」


確かに。神様であるノヴァ様なら魔獣を討伐することも簡単じゃないかと思ってしまう。


私はノヴァ様を見た。表情がわずかに曇る。


「……俺は何もできない。魔獣に力を与えてしまう」


お父様の眉がピクリと動く。


力を与えてしまうって、どういうことかしら。


「一度俺の力で魔獣を消そうとしたことがあった。だが逆にその魔獣は俺の力を取り込んでしまったのだ」


「え……」


魔獣がノヴァ様の力を取り込む……? そんなことって……


私はそこではっとした。


「ブラックフェンリル……」


「そういうことか……」


お父様はこめかみを押さえた。


ノヴァ様は小さく頷く。


ブラックフェンリルが闇魔法を使えるのはノヴァ様の力を取り込んでしまったからなのね。なんでこの魔獣だけ闇魔法が使えるんだろうって思っていたけど、そういうことだったんだ。強化されてしまうなら、ノヴァ様が魔獣に何もできないことも頷ける。


「その常に放出される神力というものがここの魔素と混ざらないために『女神の化身』たちに結界をかけてもらっていたということですか」


「それもあるが、俺が変質した魔素をこれ以上取り込まないようにするために姉上がアドリアーノに頼んだのだ」


アドリアーノって初代国王の名前だわ。瘴気を取り込まないようにって、え、ノヴァ様、瘴気を取り込んでたの?


驚いていると、「俺のせいで人間に害を及ぼすものが生み出されるのを少しでも食い止めるためにしていた」と、当時の状況を思い出しているのか表情は険しく、綺麗な瞳もわずかに淀んだ。


「だがそれは次第に俺の体を蝕んでいった。変質した魔素は俺にとっても毒となり、取り込み続け正気を失えば人間界を滅ぼしてしまう可能性があった。だが取り込まねば魔獣が次々と生まれてしまう。そのため俺は黒竜となり、体を巨大化させることで毒の巡りを緩めていた」


「そう、だったのですね……」


ノヴァ様の葛藤に胸が痛んだ。自分が生み出している魔獣と同じ姿になるのも苦しかったのだろうかと。ルナヴィアの上空を飛ぶ黒竜の、浄化をする前の、あの暗く淀んだ赤い目を思い出す。


「ディアナのおかげで俺は浄化され、体を蝕む毒も消えたため本来の姿に戻ることができたが、俺の神力が放出されたままだとまた同じことの繰り返しだ。俺が人間界にいる限り結界は必要なのだ」


「でも今私、ノヴァ様の神力は見えても全く感じられないのですが……」


「ん?」


「ああ、この部屋に魔力遮断の魔道具をいくつか作動させている。この方にも気配を極力抑えてもらっている。また騎士団が騒ぎ出すと厄介だからな」


お父様が部屋の中に設置した魔道具を見回しながら言う。


騎士団? 「また」って何? てかそっか、魔力遮断のせいで感じられないのか。


「なんだそれは」


「魔力を遮断させ感知できなくなる道具です。あなたがいきなりここに現れたので念の為」


「それは悪かった。一刻も早く結界をかけてもらわねばと思ったのだ。ディアナが目覚める時機を見計らって来たのだが」


ノヴァ様、いきなりここに来たのね。ふふ、その時のお父様の顔が見たかったわ。


でもそんなことより、ノヴァ様の神力とここの魔素が混ざり合うことで瘴気が生まれてしまうなら、確かに早く結界をかけないといけないわね。


「ではさっそく結界をかけましょう! 良いですよね、お父様」


「ああ」


「では山に戻るぞ」


「え? ここでやらないのですか?」


「結界を張ると力が使えなくなるため山に転移ができなくなる。……が、ディアナをここにまた送ることもできないな。どうするか……」


ノヴァ様が顎に手を添える。


「あ、私も転移が使えるので自分で家に帰れますよ」


「そうなのか。なら問題ないな」


ノヴァ様が立ち上がろうとした時、お父様が待ったをかけた。


「あなたからまだ聞いておきたいことがあります。ここで結界を張った後、ディアナがあなたを山に送るというのはどうですか」


「確かにそれもできますね」


ピアスと指輪と自分の魔力で転移は1日3回できるからね。


ノヴァ様は瞳を伏せ少し逡巡した後、首を縦に振った。


「……わかった。ディアナ、世話をかける」


「任せてください。じゃ、結界をかけますね」


私はソファから立ち上がってノヴァ様の側に移動した。落ち着いていた心臓がまた早鐘を打つ。浄化する時とはまた違う緊張感が芽生える。


ノヴァ様が目を閉じた。


「では、いきます」

次回は6/20(金)に投稿致します。

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