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13.洗礼式(1)

木の葉が徐々に紅葉し始めた頃、私は5歳になった。


今日はいよいよ洗礼式である。


私はまだ日が昇りきらない内に侍女のシェリーに起こされ、半分寝た状態で他の侍女さんたちにお風呂に入れられた。

全身スベスベツヤツヤピカピカに磨かれ、自室で朝食を摂った後、お母様が用意してくれた銀糸で刺繍された華やかなペールブルーのワンピースドレスに着替えさせられ、鏡台の椅子に座ってシェリーに髪を整えてもらっている。


自分で言うのもなんだけど、背中まで長い銀月に輝く髪は波打つ絹のように美しい。

お兄様の洗礼式以来の外出なので、シェリーや侍女さんたちが張り切ってくれたのだ。おかげでいつもより美少女みが増し増しだ。


シェリーが髪を整えたあと、アルバローザをモチーフにした小ぶりの宝石のイヤリングとネックレスをつけてくれた。


「まぁ、まるでアルバの妖精姫ですね」


後ろに控えていた侍女さんたちが私にキラキラした眼差しを向ける。


今の私の瞳はお父様と同じ夜明け色のため、同じ色のアクセサリーを身につけると、自分の容貌も相まってこんな風に例えられるのも頷ける。


鏡の中の自分に感心していると、扉のノック音が聞こえた。


お兄様が笑みを浮かべながら入室する。


「ディアナ、準備はできた? 迎えに……」


言葉の途中でお兄様が固まった。


「あっ、お兄様! て、うわぁ、お兄様とっても素敵! 物語の王子様のようだわ」


複雑な文様の銀糸の刺繍が襟元にさりげなくあしらわれた濃紺のジャケットと同色の半ズボン。プラチナブロンドの髪にとても良く映えている。胸元のリボンは私のドレスと同じ色のペールブルーだ。

お兄様のいつもより(かしこ)まった装いに私は目を輝かせて立ち上がり、お兄様に近づいた。


「……」


「……お兄様?」


「あ、いや……ディアナがとても綺麗で見惚れてしまって」


お兄様が少し照れながら私を褒める。はにかむ様子がもう可愛すぎる。


「ふふ、ありがとうお兄様」


お兄様は優しく微笑み、私に腕を差し出したので、少しくすぐったい気持ちになりながら、そこに手を添えて一緒に玄関ホールへ向かった。シェリーたちが微笑ましく見送る。


玄関ホールには既にお母様と、外で護衛騎士たちと何か話しているお父様がいた。二人共、いつもの外出着よりも華やかでとても素敵だ。お父様に関しては軍服だからか人外級の美しさにさらに拍車がかかっている。


階段の踊り場で私が両親にキラキラした目で見ていたのに気づいたお兄様が、


「うちは領主貴族だから、その子どもの洗礼式は領の一大イベント

なんだよ」


と、畏まった服装の理由を教えてくれた。


「公式行事みたいな?」


「そう。だから父上は黒い軍服に当主の証である青いマントを身に着けているんだ。ちなみに青はうちの領カラーだよ」


へぇ、領地の色があるのね。じゃあ当主がどこの誰かはマントを見ればひと目でわかるのか。


また、お兄様が言うには、洗礼式を行う神殿は各領地にひとつずつあるんだそうだ。

貴族の洗礼式については一人ひとり日程を組んで行うのに対し、一般庶民の洗礼式は各領地の神殿が(まつ)る星の神が天宮に入った月のはじめ――例えばうちの領の場合だと、ウィルゴ神殿が祀るウィルゴという星の神が天宮に入る月のはじめに一般の洗礼式が行われるということだ。今月は「ウィルゴの月」といって、前世だと9月にあたる。9月1日にもう既に一般の洗礼式が行われたということだ。


お兄様の説明を受けて、私は転生するときにウィルゴっていう女神様の眷属神がいたことを思い出した。


ウィルゴって星の神だったのね。じゃあレオとリブラとか、他の眷属神たちも皆星の神ってことかしら。


また神殿は洗礼式だけでなく年に3回祭事を行ったり、一般庶民も利用できる救護院や手習い所も運営しているんだそう。政治には関与せず、主に慈善事業を行うため、人々の神殿への信頼は厚いそうだ。


7歳にしてはたくさんの知識をもつお兄様に私はただただ感心させられていた。


毎朝騎士団と鍛錬をして、その後は家庭教師とみっちりお勉強しているもんね。私が7歳のとき(前世)なんて宿題ほっぽって遊んでたわ。


階段を降りていると、お母様が私達が来たことに気付いた。


「まぁ可愛い! 二人共よく似合っているわ」


「ありがとうございます。お母様も素敵です」


「お父様から魔法薬をもらえて良かったわね。そうでないとフードを被ったまま儀式をすることになってとても可哀想だもの」


お母様が翡翠の瞳を和らげて微笑む。


私が「女神の化身」と同じ見た目なばかりに外出もままならないことにお母様は心苦しく感じていたらしく、執務室でのカミングアウトの日から私の瞳がお父様と同じ色になったのを見て、最初は驚いていたけど心底ほっとしていたのだ。


本当は魔法薬ではないけど、懸念していたことがなくなって私もすごくほっとしている。それに引きこもりにならなくて済んだし。魔法って素晴らしい!


「はい! 本当に良かったです!」


お母様に笑顔を返した。

加えて私は今胸が踊っている。外出できなかったことに悲観していなかったとはいえ、屋敷の周りしか行動できなかった私にとって、ほとんど初めてと言っていい程の外の世界に今から行けるのだ!


どんな街並みかしら。しかも今は月祭の真っ最中なんだよね。どんなものかも見られるよね。


月祭は前世で言う十五夜のお祭りのことだ。満月の日を挟んで3日間行われるみたいで、王族は満月の日に王都にあるルナ神殿で神事を行う習わしなんだとか。一般庶民もこの3日間、特に夜は食べたり飲んだり歌って踊ったりと街中がとても賑やかになるそうだ。貴族もお忍びで参加する者が多いみたい。

満月は私の誕生日である昨日だったから、今日は月祭最終日だ。私も参加してみたいな。


「ではグラエム、後はお願いね」


「かしこまりました。お気をつけていってらっしゃいませ」


グラエムと屋敷の使用人たちが揃って見送る。


私の洗礼式を祝福するように、爽やかな秋晴れの空がどこまでも広がっている。


玄関アプローチにヴィエルジュ家の家紋がついた4頭引きの馬車が停まっている。

うちの家紋は麦穂とエルアの葉が交差し、その周りを9つの星が囲っていて、それが濃紺の馬車に金で描かれている。その家紋は、護衛騎士たちの黒い騎士服の二の腕や胸元にも刺繍されていた。


馬車に乗り込む。中は広く、椅子も思ったよりふかふかだ。

最後にお父様が乗って、騎乗した4人の護衛騎士とともに私達はウィルゴ神殿へ出発した。

神殿が運営しているものの一つである「学校」を「手習い所」に修正しました。

また、ディアナはウィルゴの月の満月の日が誕生日ですが、満月は15日に固定してますので、毎月15日は満月となります。ちなみに新月は毎月1日です。

よろしくお願いします。

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