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幕間(18)ー10

山脈や森、湖には様々な獣がいる。小型のものから大型のものまで。


陽が出ている間は人間は森に狩りをしに来る。ある日俺はその様子を山の中腹からぼうっと眺めていた。


その何気ない瞬間、俺はある違和感に気づいた。


……? 魔素が、変わっている……?


人間界の魔素が、俺が100年前に降りた時と変質している気がした。


嫌な空気だ。纏わりつくようで、なんだか毒々しい。


どうしてまた……


原因を考えていると、ふと自身の体から漏れ出ている神力が空気中の魔素に溶け合うのを見た。


俺ははっとした。俺の闇の神力は俺の意思関係なく常に放出されている。天界では放出されても魔素に何の影響も及ぼさなかったが、人間界の魔素は天界のものとは濃度が違うことで合わず変質してしまった可能性がある。


ここの魔素が俺の神力の濃さに耐えられなくなったということか……


だが変質してしまったものを元に戻す力は俺にはない。姉上なら浄化ができるが、人間界に降りることは禁じられている。それに天界の神が人間に干渉することも掟に反する。天界との繋がりも閉ざされ俺から姉上に連絡することもできなくなっている。


どうすべきか考えたが、以前人間の集落に降りた時のことを思い出した。


人間は魔力を持っているにも関わらず不思議とそれを利用していない。ならばそれ程気にする必要はないかもしれない。


この時の俺はまだ、楽観視していた。



それから100年程経ったある深夜のこと。


俺は森の中にある湖で水浴びをしていた。


湖から上がろうとした時、暗がりから猪がゆっくりと、地面を踏みしめて歩いてくるのが見えた。


だがその姿に俺は驚愕した。


通常の大きさの2、3倍は大きく、口からは2本の鋭く長い牙が上に向かって伸びている。記憶では体毛は茶色だったはずだが赤黒く変色し、目の色も赤く染まっていた。以前とは全く異なる巨大で獰猛な猪に、俺は岸から動くことができなかった。


なんだあの姿は……


猪もどきは俺に気づいていたが、特に俺には何もせず、静かに湖の水を飲んでいた。そしてそれが終わると、俺をしばらく見つめ、踵を返して森の奥へと去っていった。


俺はしばらくその後ろ姿を眺め放心していたが、我に返り急いで岸から上がった。


濡れた衣服を神力で乾かし、深夜の森の中を歩き回る。夜が深いこの時間の森には人間は立ち入らないことはこの200年の間でわかっていた。


森のそこかしこで異形な姿に変わった獣や植物が多くいた。それは山の麓に近くなる程顕著だった。


背の高い木よりも高く長い毒々しい蛇、翼の生えた鳥のような顔の獅子、翼の生えた巨大な蜥蜴(とかげ)、狼よりも獅子よりも大きく獰猛なフェンリル。単体が変質したモノもいれば、複数の獣が合体して変質したモノもいた。元は小型の獣も巨大化していた。


そしてこれら異形のモノはどの個体も全て赤い目をし、先程の猪と同様、俺を襲いもせずただ目の前を通り過ぎるのみだった。


これは一体どういうことだ……


異形のモノそれぞれが魔力を有していた。だがその魔力は元の獣が有していた魔力ではなく、ここの変質した魔素と同じ魔力だった。


暗闇でしっかりと色は識別できないが、植物も毒々しい色に変色し、木の幹もあらぬ方向に折れ曲がっていた。


俺は自身の両手の平を見た。


いつものように闇色の神力が放出され、空気に溶けている。


まさか、俺があれを生み出しているのか……? 俺の神力がここの魔素と合わず変質し、ここの生き物にも影響を与えているということか……?


俺は拳を握りしめた。そして片腕を掴み、その手に力を入れる。そうしても闇の神力の放出は止まることはないとわかっていたが、そうせずにはいられなかった。


2体の白い巨大なフェンリルが互いに毛づくろいをしている。元は小型のはずだが体長は3mを優に超えていた。


……このモノたちはまだ生まれたばかりなのか? 人間が騒いでいた様子は見られなかった。最奥にいるからなのか。だがこんなモノが森から出たら人間などひとたまりもない。神が起こした事象はそのまま摂理に組み込まれ元には戻せないとされているが、俺が生み出したモノなら消すこともできるはずだ。


俺は2体のフェンリルに向けて『(アルク)』を放った。


フェンリルが抵抗もなく漆黒の闇に覆われる。大きな洞穴ができたように闇が広がった。そこに入れば闇の深淵に落ち、二度と日の目を見ることはないと思わせる程黒い。


ダリオを消した時のことが蘇る。俺は下唇を噛んだ。


ところがしばらく待っても闇は収縮せず、2体のフェンリルを覆ったままだった。


……? 何故消えない?


それから四半刻程経つと、フェンリルを覆っていた闇が消えた。ようやく消えたかと思っていたが、蠢く2体に気づいた。闇を背景に赤い光点が4つ浮かび上がる。


現れたのは、白かった体毛が漆黒の色に変わったフェンリルだった。


俺は絶句した。


……どういう、ことだ? 


2体の漆黒のフェンリルは遠吠えをした。そして俺に一度赤い目を向けた後、俺が転移する時のように地面に闇を出し、闇の中へと消えた。


暗い森の中、茫然と佇む。


俺の力を取り込んだということか……!


俺が生み出した異形のモノを俺自身で消すことができない。摂理に反することができないその事実に打ちのめされた。


ため息が出る。


口元に手をやる。


……俺の放出された神力によって人間界の魔素が変質し、生き物が異形の変貌を遂げる。放出は俺にはどうすることもできないため、このままでは森全体が異形の生物に埋め尽くされてしまう。姉上のように守護の結界が使えない俺にはあれらを森に留めておくことができない。俺から天界に状況を伝えることもできない。どうしたものか……


頭上の木の葉の隙間から薄藍の空が覗いている。夜が明けようとしていた。


森にいてはいけないと、俺は山に戻った。


だが俺が普段いる中腹辺りには数体の翼の生えた見上げる程巨大な大蜥蜴がくつろいでいた。


緋色、蒼色、翠色、黄金(こがね)


「……」


俺は顔をしかめた。


4色の異形の生物は俺に気づいてもこの場から動こうともしない。


何度目かのため息が出る。


そして白んだ空を見上げた。


俺は一体何なのだろうな、姉上……


その間にも、放出された神力がゆらゆらと空気に溶けていっている。


ふとひらめく。


俺が放出している神力の分だけこの変質した魔素を取り込めば、これ以上生き物が異形化するのを防げるのではないか……?


確信はないが、やらないよりはマシだと考え、俺は変質した魔素を自身の体に取り込み始めた。



それからおよそ50年――


事態は大きく変わっていた。


狩猟に森に入った人間が森から帰って来なくなるという事件で、森の中は異形の生物に埋め尽くされていることに気づいた人間たちは、戦える者だけを残し一斉に南に避難した。


人間たちは異形の生物を「魔獣」と呼び、死力を尽くして戦った。


同じくして、俺自身の体にも異変をきたしていた。


俺は自身に取り込み続けた変質した魔素によって体を蝕まれていた。


動くこともできず、折れ曲がった木にもたれかかり力なく座り込む。


まさか俺もあのような異形の姿に変わるのだろうか……


もしそうなれば、自我を失いこの人間界に見境なく『(アルク)』を使ってしまう恐れがある。人間界を消滅させてしまう可能性があった。


体に力が入らず頭も上手く回らない状態で懸命に考える。


この人間界の状況をテーレが察知してくれているはずだが……


ふ、と笑みがこぼれる。


ここでも俺は……


頭を木の幹にもたれさせる。


不意に眷属神たちの騒がしいやりとりが脳裏に浮かぶ。とても懐かしく感じた。まだ250年しか経っていないのに。


朦朧とした意識で耐えていると、ふと視界に蒼色の翼の生えた大蜥蜴が映った。確か人間が「水竜」と名付けていた。


……


俺は目を閉じ、唇を噛んだ。


もう既に、諦めている。


そして意を決し、俺は自身を巨大なドラゴンの姿に変えた。


体を大きくすることで、変質した魔素を取り込んでも体内を蝕む毒の巡りを遅らせようと考えた。ドラゴンに身を変えるのは屈辱だが、毒が回り俺が異形化する前に姿を変えることで時間を稼ぐしか、諦観で埋め尽くされた頭の中ではそれしか思いつかなかった。


体が巨大化したことで、本来の姿の時よりも数段動けるようになり、楽になった。


そして大きな漆黒の翼をはためかせ、人間たちへの警告のために俺は上空へと飛び上がった。




そして現在――


気づけば満月は真上まで登ってきていた。


ふう、と長く息をつく。


手の平を見る。漆黒の炎の揺らめきのように、闇の神力は変わらず放出されている。


また、会わねばならぬな……

誤字修正しました。

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