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幕間(18)ー8

オルベリアンの七色の瞳は鈍く、輝きが薄れていた。


それを見た俺は何かを失ってしまったような心地になった。


「……どんな罰も、甘んじて受け入れる」


オルベリアンは「そうか……」と言って目を閉じた。そして軽く咳払いをする。


「……ノヴァ。お前は1000年の謹慎だ」


1000年……


俺は静かに頷いた。


「オルベリアン、謹慎は妥当ではないと思うが」


ロカスがこちらに向かいながら異議を唱えた。


オルベリアンが振り向く。


「謹慎では不満か? だが他に何がある。柱神を外すわけにもいかないから年数を上げるしかないぞ」


柱神が交代する時は、柱神が死んだ時のみ。柱神が死ぬと、新たな柱神が生まれるようになっている。


ロカスの後をライカスやイユレ、テーレたち柱神も追った。姉上はウィルゴに支えられながらゆっくりと歩いてくる。満月の瞳からは涙が流れ、常に勝ち気なウィルゴも悲痛に顔を歪めていた。


「神を消滅させたのだ。謹慎では生ぬるい。人間界への追放が妥当では? もちろん1000年間の」


ロカスの言葉に俺も含め、誰もが驚愕した。


蒼白になった姉上が俺の側へ駆け寄り、俺をかばうように前に出た。


「人間界への追放はやりすぎです! 前例がありません」


「ロカス、あなたの眷属神が消されたからただ厳しくしているだけでは?」


テーレも眉をしかめる。


「厳しくしては駄目なのか? 私の眷属がしたことは愚の骨頂で自業自得でしかないためとやかく言うつもりはないが、神同士の争いや攻撃に神力を使うことがご法度だと承知しているにも関わらず、ルナやオルベリアンやイユレ、私の制止も聞かずにノヴァは事を実行した。厳しく罰せねば天界の秩序が保たれない。そうだろう? オルベリアン、イリニ」


「……」


「……そうですね」


調和の女神イリニは姉上に遠慮しながらも肯定した。


ロカスの言い分はもっともだった。姉上は肩を震わせ、オルベリアンは眉間にシワを寄せて唇を噛み締めている。


ロカスがさらに追い打ちをかける。


「それに、今回の事でノヴァに恐れを抱く神が増えただろう。神を消してしまえる力を目の当たりにしたのだ。謹慎程度では今後月の浮島での宴も行えなくなり、人間界での食物の収穫に影響が出る。ノヴァはしばらく天界にいない方が良い」


1000年の人間界への追放……驚きはしたが、俺は一度皆から離れたほうが良いのだろうと思った。


一瞬、『(アルク)』を使った後の、あの諦観が胸をよぎる。


……いや、皆が、か。それに、俺がここにいることでまた姉上や眷属に何か起きたら……


「……わかった。それで良い」


「そんな……」


姉上が取り乱す。


「っ、どうして受け入れるのよ!」


涙で頬を濡らして俺の両腕を揺さぶる。


「嫌です!」


「ノヴァ様、考え直してください!」


「俺を置いて行くんすか!?」


姉上の側にいたウィルゴも、いつの間にかこちらに来ていたリブラとレオも、他の星の眷属神たちも、皆が焦りと蒼白な表情で俺を引き止める。


「ノヴァ様が行くんなら俺も人間界に行きます!」


レオが鼻息荒く言うと、ロカスが厳しい声を出す。


「駄目だ。それだと意味がない」


「意味ってなんすか!」


レオが反論すると、ロカスは少し間を置いてから「オルベリアン、ルナと星の眷属はノヴァに会いに人間界に降りることを禁じた方が良いと思うが」と言った。


「っ!」


姉上も、眷属神も息を呑んだ。


「……そうだな」


オルベリアンがため息混じりに言うと、姉上たちは絶望に顔を歪めた。


俺の腕を掴む姉上の手に力が入る。


「ノヴァ、考え直して。元はと言えば私が上手く逃げられなかったのが悪いの……! 守護の力を持っているのに自分の身すら守れなかった私が」


姉上の金色の双眸から止め処なく涙が溢れてくる。俺はそれを人差し指の甲で拭った。


「私あの時ルナと一緒にいたからあの男神に捕まった状況を見ていたけど、一瞬だったよ。まるで空間からいつの間にか側に現れたみたいにね」


「確かにそうだったかも……」


大地の女神テーレと調和の女神イリニが当時の状況を反芻する。


そして神々の視線が天空の神ロカスに向いた。


「……何ですか? 私の眷属なのだから空間の力は当然使えますよ」


当たり前のことのようにロカスがそう言った時、彼の眷属神たちは特に何も言わず無表情を貫いていたが、1柱だけ目に落ち着きがない者がいた。


……本当にロカスの眷属は空間の力が使えるのか? それならダリオは俺の『(アルク)』から逃げられたはずだ。そうしなかったということは……


俺はロカスに目を向けた。だがあまりロカスとは関わってこなかったため、ロカスを見ても嘘をついているのかどうかもわからなかった。


俺は静かに息をついた。


追放を受け入れた俺にはもはやどうでも良いことか……


「姉上」


俯いていた姉上がゆっくりと顔を上げた。


「姉上は何も悪くない。ただ……しばらくひとりにさせて欲しい」


湖面に映る満月が風で揺れるように、姉上の瞳が涙で滲んだ。


俺は姉上から目を背けた。


「そんな……どうして……1000年よ? 私達神にとっても1000年はとても長いわ。私とも、眷属たちともその間ずっと会えないのよ?」


「ああ……わかっている」


「わかってるって……私は寂しいわ」


「すまない」


「……うっ」


俺の胸に縋る姉上をそっと抱きしめると、それを見ていたロカスの眉がピクリと動いた。


「……」


俺はそっと姉上を離し、オルベリアンに顔を向け促した。


オルベリアンは眉間を寄せ、息を吐き出した。


「……ではこれより、新月の神ノヴァを人間界に追放する。期間は1000年。異議はもう認めぬ」


オルベリアンが俺の肩に手を乗せた。その手からじくじたる思いが伝わってくる。


「ノヴァ、しばしの別れだ」


「……ああ。どうか元気で」


俺は姉上をウィルゴに託し、皆から少しずつ離れる。


「……ノヴァ。いつかあなたが何があっても側にいたいと思える存在が現れることを願っているわ……」


そう言って姉上は手を振りかざし、庭に群生している満月草(ルアル)を花束のようにまとめ、俺に渡した。


「どうか……」


「ノヴァ様!!」


姉上の涙と眷属たちの悲痛な声を最後に、俺はひとり人間界へと降りた。

次回は6/12(木)に投稿致します。

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