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幕間(18)ー7

辺りに充満していた闇が取り払われ、巨大な満月と星々を隠していた闇が晴れていく。


満月が現れ、月の浮島全体を再び明るく照らし出した。


俺は鈍く光る満月を見上げた後、舞台周辺で佇む神々に体を向けた。


俺と神々との間には見えない境界線があった。


「……ノヴァ……」


姉上は悲しそうに力なく座り込んでいる。元凶を消し去って胸のつかえが取れるはずが、何故か胸が痛んだ。


「ノヴァ……お前の罪は重い。神を消滅させてしまったのだから」


オルベリアンが沈痛な面持ちで俺を見る。


「加えてルナを助けるためとはいえ神同士で争い、最終的に『(アルク)』を使用した。人間界でも闇が広がり、それが先程のダリオのように闇が人や物を呑み込んでいるだろう」


「確かに人間界でも闇が広がっているね。呑み込んでいる様子はもうなさそうだけど……」


大地の女神テーレが口を挟んだ。大地を司るテーレは人間界の様子がわかる。


「……どうやら空間の(ゆが)みもあちこちでできているようだよ」


「っ、しょうがないだろ。あれはノヴァが攻撃しようとしたと勘違いして咄嗟に私達を守るためにしたこと。兄上のは正当防衛だ」


時間の神ライカスが釈明する。ロカスとライカスは双子の兄弟で背丈と顔立ちは同じだが性格は正反対だ。また、ロカスの神力は真白でライカスのは白藤色をしている。


「それでも人間界では歪みのせいで後々界渡りをするモノが出てくるだろうね」


テーレは自身の大地の色のような豊かで長い髪を掻き上げた。青と緑のオッドアイにはやるせなさや諦めといったものが現れていた。


神が引き起こした事象は再び神によって元に戻すことはできない。摂理として組み込まれ、それに従わねばならないからだ。


「……それなら私も罰を受けよう」


「兄上!」


納得できないライカスは露骨に俺を睨みつけた。


「ところで、アティラという女神はどこにいる」


太陽の神イユレが言うと、俺がいた舞台近くの敷物にいる女神たちが、自分たちは関係ないというようにその場から離れた。女神ひとりだけが取り残される。


「わ、わ、私……」


女神アティラはうずくまり、両手で顔を覆っていた。細くしなやかだった指が今は枯れ枝のように見える。


皆の注目を浴び、動揺と困惑で息をするのも苦しそうだった。


「女神アティラとやら、あの男神ダリオがお前に恋慕を抱いていたことは知っていたのか?」


憔悴しているオルベリアンに代わり、太陽の神イユレが尋問を始めた。


「っ……は、い………でも私は、ノヴァ様が……」


「ではお前はダリオの想いはきちんと断ったということか?」


「……っ、そう、です」


神々の間で、この前代未聞の出来事はダリオの身勝手さが招いた結果ではという空気が流れた。幾星霜存在する神の中には執着が強い者や嫉妬深い者が多い。だからといってダリオが姉上にしたことは許されることではないが。


「嘘はダメよ〜♡」


突如、愛の女神ヴィーテが甘やかな声で女神アティラを咎めた。


薄紅色の波立つ長い髪をなびかせ、軽やかな足取りで女神アティラに近づく。笑みを浮かべていることからこの状況を楽しんでいるように見えた。


愛の女神の登場で場の空気が少し緩む。


「何が嘘なんだ、ヴィーテ」


変わらず厳格な口調のイユレがヴィーテに問いつつも、橙の目は女神アティラに向いていた。


「えっとね〜、ダリオちゃんの想いは断ったってところが嘘だよ〜♡」


動揺が走る。


「ほう……それで、真実は?」


「本当はね〜、『ノヴァちゃんが好きだけど、ダリオちゃんに好かれて嬉しいからずっと私を好きでいてほしい』だよ♡ 人間界の言葉でこういうのなんて言うんだっけ? キープ?」


女神アティラの顔が青ざめていく。


イユレの女神アティラを見る目は呆れに変わっていた。


「ヴィーテが言うならそれが真実だということだ。あの薄紅の瞳は色事に関する心を見抜くからな。お前のその表情からも明らかだが」


ヴィーテが女神アティラの前にしゃがみ、頬を人差し指でつつく。


「ノヴァちゃんに恋しちゃうのもわかるけど〜、ノヴァちゃんは観賞用にしなきゃ〜♡ ちょっと黒くて暗いけど顔とか最高だし、恋敵多いし、男神の嫉妬激しいし、今回みたいに面倒な事が起きるわよ〜♡ もう起きちゃったけど♡」


「……」


顔色を失っている女神アティラの頬をつついたりつねったりと、ヴィーテはやりたい放題だ。


ヴィーテは立ち上がり、教えを説くように人差し指を立てた。


「そこで! 愛の女神からのアドバイス! 次からはあたしみたいに人間に恋をすること♡ 人間は寿命が短いから色んな人間とたくさん恋ができるわよ♡ 他の女神たちも、わかった〜?♡」


女神たちは皆震えながらも呆気にとられていた。


イユレがため息をついた。


「次があるとは思えないがな……さて、この女神の処遇はどうする、オルベリアン」


額に手を当て憔悴していたオルベリアンはゆっくりとした動作で手を外し、顔を上げた。普段の精悍さは見る影もなかった。


「……ああ、そうだな……女神アティラを眷属から外し、200年の謹慎とする。良いな、テーレ」


「……仕方ありません」


どうやら女神アティラは大地の女神テーレの眷属だったようだ。


「それから、ロカス。やむを得ずではあるがそなたの異空間攻撃により人間界に影響が出たため、自身の神殿で100年の謹慎を言い渡す」


「なっ、100年も!? 長すぎるだろう! そもそも私はまだ納得していない!」


ライカスが声を荒げて反論する。


「良い、ライカス。100年の謹慎、承知した」


ロカスが静かに自身の処分を受け入れた。


「あとはノヴァだが……」


オルベリアンが遠く離れた俺に顔を向けた。息をつき、そしてゆっくりと俺の元へと歩いてくる。


目の前で立ち止まったオルベリアンは俺の肩に手を乗せ、何度目かのため息をついた。

次回は6/9(月)に投稿致します。

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