幕間(18)ー2
俺はしばし別の場所に移るかどうか逡巡したが、結局このままここにいることにした。
程なくして騒がしい声が聞こえてくる。
「あっ、ノヴァ様ーっ!」
獅子の耳と尾をもつ男神のレオが俺に向かって手を振っている。橙の瞳を輝かせながら走り出し、鬣のような茶金の髪がふさふさと揺れ動いている。
「ちょっとレオ! せっかくノヴァ様がゆっくりされているのにそんな大きな声を出して」
「ウィルゴもうるせぇぞっ」
レオが走りながら振り返る。
「あんたのせいよっ」
「2人とも静かにしてください。レオもそんな走らなくたってノヴァ様はどこかに行ったりしませんよ」
レオの後からウィルゴとリブラが歩いてくる。
ウィルゴは見た目に反して益荒男ぶりなところがあるが、豊穣の女神でもあり、今夜の月の宴では準主役の立場にある。
この3柱はいつも俺のことを探してはこうして集まって来ていた。
「ここ、日当たりが気持ち良いっすねぇ……今夜もノヴァ様出ないんなら俺もやめようかなぁ」
レオが俺の隣に寝転びながら言う。この遠慮のなさは今に始まったことではない。
「レオ、だらしないわよ」
遅れてウィルゴとリブラも俺の対面に座り込んだ。
俺は目を伏せ、立てていた膝に方腕を乗せた。
「宴は出ろ。姉上が困る」
「じゃあノヴァ様も出てくださいよ」
「……」
「そうですよ。私、舞が大分上達したのでノヴァ様に見てほしいですわ」
「ウィルゴの舞よりオルベリアン様の出席の方が重要で——いへへへへ」
「もう一度言ってみなさいな」
ウィルゴが笑みを浮かべながらリブラの頬を引っ張っている。
「ほんはんへひへふふぁへはいへひょう(こんなんで言えるわけないでしょう)」
風の音や葉音が聞こえなくなる程騒がしい。だがそれも悪くはなかった。
「確かにオルベリアン様がいるなら出なきゃっすね。ま、ノヴァ様が出るんなら俺も出るってことで。ウシシ」
俺はため息をつき、歯を見せて笑って寝転ぶレオに思わず目を向けると、目が合ってしまった。
「おっ、やったぜ! ノヴァ様と目が合った!」
喜色を浮かべてレオが飛び起きる。
俺はバツが悪くなった。
「ずるいわよレオ!」
「この前はお前だっただろ!」
「私はまだ一度もないんですけど……」
俺と目を合わせると不幸になると言われ始めてから、俺は他者と目を合わさないように伏せるようになっていた。俺のことをどうこう言う神など気にしていないが、その不吉と言われる目で姉上と眷属神たちが不幸になってしまうのではないかと、無意識に恐れていた。
それを不満に思った眷属神たちはこうして俺と目が合うと毎回幸運が訪れたように喜び、その都度俺は居た堪れない気分になっていた。
「……不幸になっても知らないぞ」
「はんっ。俺達はそんなこと嘘っぱちだってことくらい知ってんですよ。つうか誰だよそんなこと言ったやつ。俺がこてんぱんにしてやる」
胡座をかいて拳を振り上げるレオにリブラが「神同士の争いはご法度ですよ」と窘めた。そして聡明な紫の瞳を光らせる。
「私の方で調べましたが、ノヴァ様の赤い目を不吉だと、目が合うと不幸になると吹聴した神はどうやらダリオという男神のようです」
誰だ。知らない神だ。柱神でない神は全くと言って良い程知らないが。
「誰よそれ」
喧嘩腰のウィルゴに、リブラが淡々と応える。
「ノヴァ様のように清逸さと凛然さが混在した美貌をもっているわけでもない、ただの何の取り柄もないごく普通の神です」
「辛辣ね」
「ノヴァ様みたいなくそかっけぇ神が他にいてたまるか」
俺は眉間を押さえた。
「……それで?」
「そのダリオは天空の神の眷属のようです」
天空の……
「ロカス様の? あの方の眷属神だったら知っているはずだと思うんだけど」
「ええ。ロカス様はどの宴にも毎回欠かさず出席される律儀な方ですからね。ルナ様もですけど。まぁ、きっとそのダリオって人は存在感が薄いのでしょう」
「でもロカス様って物静かだし争い事を好まなそうじゃね? ライカス様はともかく」
「ダリオってやつの独断てこと?」
ウィルゴの眉根が寄る。
「そうなりますね」
「なんでそんなことをするのかしら」
「きっとノヴァ様の美貌と魅力に嫉妬してんだ。眷属神のくせに柱神に嫉妬してどうすんだって話だぜ」
「身の程知らずね」
「それもあると思いますが、ダリオはきっとルナ様に懸想しているんですよ。ノヴァ様はルナ様に一番近い存在で、ルナ様はノヴァ様を可愛がっていますからね」
「つくづく身の程知らずね」
「単に俺を気味悪がっているからだろう」
そう言うと、3柱とも同時に俺を見た。
「……なんだ」
「気味悪い? どこにそんなものが?」
「顔が天才ですのに?」
「漆黒の神力なんて超かっけぇのに?」
「……」
俺を忌み嫌う神々をどうでも良いと思えるのは、こいつらのおかげなのかもしれないと思った。
次回は5/29(木)に投稿致します。




