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幕間(2)

お嬢が執務室から退出した後、主はソファにもたれ目を閉じた。

僅かに疲労の色が顔に出ている。


グラエムさんがお茶を入れ直す。静かになった室内に茶器の音が微かに響く。


俺は静かに主に近づいた。


「……呼んだ覚えはないが」


天井に顔を向け、目を閉じたまま言う。

銀月のような色をした前髪がするりと流れ、形の良い眉と美しい額が(あらわ)になっている。


「まあまあ主。お嬢の護衛にはジンがついてますんで。それより主とグラエムさんの顔がどんどん崩れていくのが見れて大変貴重でし……ってうおっ!!」


突然俺の顔すれすれに暗器が飛んできた。

間一髪でそれを避けると、暗器が後ろの壁にトスッと刺さった。


「ちょっ、グラエムさん! って、わっ!」


う、動けねぇし超冷てぇ! うわっ、俺の脚が凍ってる!


「氷漬けにされたいか?」


主が冷ややかに言う。俺に向けて流し目をしただけで室内の温度が急激に下がったような気がした。


「じょ、冗談すよー!なに本気にしてんすかぁ! て、ぎゃあやめてー! 太ももまでやめてー! すみません、もうしません、何も言いませんから許して主ー!!」


俺が涙目になって許しを請うと、主はフンと鼻を鳴らしてようやく魔法を解いた。


「あー死ぬかと思ったぁ」


俺は床に座り込み、火属性魔法を詠唱して自分の両脚全体を温めた。


あーあったけぇ……


温めながら俺はさっきまで見ていた主とお嬢との会話を思い出す。


「てかお嬢、やばいっすね。月属性て。月の女神のお告げて。その上オリジナル魔法が創れるスキル持ちて……半端な」


乾いた笑いが漏れる。


「お嬢こそが『女神の化身』じゃないっすか。歴代の3人には悪いけど」


主がソファの肘掛けを支えに頬杖をつき、長い脚を組んだ。


「確かにな。だがこの先ディアナが『女神の化身』だと言われることはない」


「ははっ、あれは衝撃っすね。ジンと二人して危うく物音を立てるところでしたよ。杖も手も使わずに目に魔力を集める魔力操作の緻密さにもびっくりっすけど、あの姿はもう、なんでしょうね。あの暁天(ぎょうてん)のような瞳に変わった途端、“銀月に舞うアルバローザの妖精姫”が舞い降りたかのようですごく神秘的でしたよ。さすが“銀月の君”と呼ばれる主の娘」


俺は恍惚としてお嬢の容姿を褒め称えた。


「……まるで詩人だな」


「愛読書は『アルセイデス大陸詩歌100選』っす。主を褒め称える歌も載ってますよ。吟じましょうか?」


「しなくて良い」


「ははっ。でもちょっともったいないような気もするっすけどねぇ。銀月の髪に金瞳の容姿は唯一無二じゃないっすか。月の女神と同じだし」


「これ以上うちが力を持つわけにはいかないからな」


「主は国軍の総長ですしね。その主を父にもつお嬢の見た目は今やまんま主と同じ。外出が増えれば注目は必至。変な虫も付き放題。しかも本人はあの見た目で冒険者になりたいって言う始末。あー忙しくなるなぁ」


「その割には楽しそうだな。報告は怠るなよ」


「わかってますって」


主は頷くと、ティーカップを手に取り口をつけた。


「洗礼式が終われば私は王都に戻る。期限が明確になった今、結界が崩壊する10年後、いや、黒竜出現の7年後までに諸々の対策を練り直す必要がある。グラエム、念の為ラヴァナの森付近にいる影にはそのまま黒竜の動向を見張らせておけ」


「かしこまりました」


グラエムさんが壁に刺さった暗器を(ふところ)に仕舞いながら(うやうや)しく返事をした。

俺は脚を温め終わり、そのまま床に座って胡座(あぐら)をかく。


「陛下や貴族たちに期限の根拠を聞かれたらどうすんすか」


「期限のことは報告しない。私だけでも進められることはある。黒竜が現れたら、日和見(ひよりみ)の大臣共も態度を変えるだろう」


「黒竜侵略派の貴族が黒竜の討伐を唱えだしたら?」


主が冷たい顔をする。侵略派の貴族に向けてだと思う。きっと俺じゃない、はず。


「ランデル山脈の中腹より上にはどうやっても進めないのにどうやって討伐しろと?それに黒竜が人間を攻撃しない内は私にやる気はない。頼みの魔法師団長は養子だが擁護派筆頭のヴェルソー公爵家の次期当主だ。放って置けば良い」


「擁護派が黒竜が月の女神の弟神と知ったら、魔法師団長を崇める熱が再燃しそうっすね」


「……そうなったらまた魔法薬で奇抜な髪色に変えるのだろうな」


俺は数年前に魔法師団長が地毛の珍しい黒髪から金髪に緑のメッシュを入れていたことを思い出した。


「次は何色になるのか楽しみっす」

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