幕間(17)ー2
男が「わかったようだな」というように息をついた。
えっ、本当に黒竜なのか? なんで人の姿をしてんだ?
疑問と同時に黒竜が本当は月の女神の弟で、実は神であることを思い出す。
くそ、やりづれぇな。どうにか穏便に済ませるには……
男が一歩踏み出したところではっとし、俺は跪いた。
「お待ちください」
主以外に跪くのは初めてだが、相手は神だ。お嬢を取り戻すには下手に出るしかない。
他の影たちも揃って跪く。黒竜が実は神であるという事実は影たちの間で既に共有されている事実だ。
男が立ち止まる。顔を見ると、俺らが跪いていることに驚いているようだった。
「あなたが抱えているお方は我らが主の娘。どうかお返し頂きたい」
「……ほう……証拠はあるのか」
証拠と言われ、俺は下唇を噛んだ。
「我らは主に仕える隠密部隊。主にしか我らを認識できないため残念ながら証拠を示すことができません。主の命によりお嬢様の護衛を遂行していますが、お嬢様は我らの存在をご存知ない。今日も護衛中、お嬢様が結界の中に入ってしまわれたため、入れない我らはここで待機しておりました」
どうにか噛まずに言い終わると、俺は男をチラと窺い見た。黒を纏う男の伏し目がちな目は赤く、そこだけが際立っていて怪しさが増している。
「ではこの娘の名は?」
「ディアナ様です」
「……わかった。付いて来い」
男がお嬢を抱えたまま俺らの横を通り過ぎ、スタスタと山を降りていった。
戸惑いながらも、俺らも後に続く。お嬢を連れて行かれたままなのでここは付いて行くしかなかった。
しばらく下山する。途中でジンから念話が入り、主が屋敷に到着したことを告げられた。主が帰ってきたならあっちはもう大丈夫だと、自然と息をつく。
誰も一言も話さないまままっすぐ下っていくと、黒ではなく正常な色の木々が立ち並ぶ景色に変わった。
もしかして……
確信を持ちながら男の後に付いて木々を抜けると、数刻前お嬢が採取した銀月草の群生地に着いた。
花弁が銀色に光り輝く神秘的な花畑。所々にお嬢やSランク剣士が採取した形跡がまだ残っている。
円を描くように群生する銀月草の上に、男はお嬢をゆっくりと横たえた。
銀色に光る花に囲まれて目を閉じている姿を見て、なんだかお嬢はこの世の者じゃないような、急に遠い存在になったような錯覚に陥った。
花びらの光がお嬢に吸い込まれるように流れていく。息を呑むような不思議な光景に俺達影は呆然と立ちすくんでいた。
お嬢の周囲の銀月草が徐々に光を失っていく。それと比例してお嬢の顔色が良くなっていった。
その様子を男は片膝を立てながら眺めていた。顔が良くスタイルも抜群なのでめちゃくちゃ様になる。安堵したような顔をした後、男は再びお嬢を腕に抱え持ち上げた。
全回復したはずなのにお嬢が目を覚ます気配はなかった。
「お嬢……」
「眠っているだけだ。一気に魔力を使えば、たとえ全回復したとしても心労がまだ追いつかないこともある」
一気に魔力を使ったって……
「さて、お前達もまとめてウィルゴの地へ送ろう」
「は?」
「この娘は俺の恩人だ。名しか示せない者共に預けるより、俺が直接送り届ける方が良い」
恩人……もしかしてお嬢は黒竜の浄化に成功したということか? 浄化したからこの姿をしているというわけか? あっ、もしこれが黒竜の本来の姿なら黒竜は実質いなくなったも同然じゃね? 公爵の依頼は無効になるってことだよな。何この一石二鳥感。お嬢天才じゃん。
ひとり驚嘆していると、男は地面に黒い靄みたいなものを出した。
いや、靄じゃない。これは、魔力だ。
黒い魔力に埋もれそうになって俺は焦った。地面に闇が広がっていく様子がお嬢がブラックフェンリルと戦った時の状況に似ている気がしたからだ。
「転移をする。そこから出るな」
「え」
「浄化したばかりだから力を使ってもしばらくは問題はなさそうだな」
男がぼそりと何か言った後、目の前の男とお嬢が黒い魔力に包まれ、そして俺らも闇に包まれた。
気づくと、目の前がヴィエルジュ家の屋敷の玄関だった。
俺は急に丸裸にされたような心地になった。
一応影だからまだ陽が出ている内にこんな堂々と玄関前で姿を晒したくないんだけど……ふう、周りに誰もいなくて良かったぜ。主が帰ってきたから玄関扉前に見張りの騎士が立たなくなっているのが幸いだ。
つかなんでこの男がお嬢の屋敷の場所を知ってんだ? ……あ、神なら不思議じゃないか。
俺らはすぐさま隠密スキルを使って自身の姿を消した。
そして静かに玄関扉が開く。
中から主とグラエムさんが出てきた。たぶんこの男の尋常じゃない魔力を感知したんだろうけど、俺が山脈でこの男と問答している間に他の影が主にこの男が結界から出てきた時の状況を報告していた。
主はそうでもないがグラエムさんの目つきが鋭い。
主が男の前に立つ。男の方がわずかに背が高い。
いや、2人とも顔良すぎだろ。どうなってんだこれ。もしこの男が社交界にいたら「宵闇の君」みたいな感じで主の「銀月の君」と並び称されるんじゃないか。
どうでもいいことを考えていると、主が口を開いた。
「……私の娘は黒竜の浄化に成功したということでしょうか」
主は男の黒い魔力は見えないけど、感知はできる。主のこの男に対する丁寧さから、神だからという理由以外にも異質で膨大な魔力量とこの男が醸し出す風格や畏怖といったものを主は感じ取ったのだろう。それにしては俺らみたいに足元ガクブルじゃなくてすげぇ落ち着き払っているけど。さすが主。さすあるだぜ。
「なんだ、俺のことを知っているのか」
「私の影たちが世話になったようで」
「……人間の魔法技術は大分発展しているようだな」
「……」
主がお嬢に目を向ける。その暁色の瞳には心配の色が浮かんでいた。
「案ずるな。先程銀月草で回復させた」
主が訝る。お嬢が花に触れただけで回復するのはまだ知らないからな。
「今はただ眠っているだけだ」
「……わかりました。送り届けて頂き感謝します」
主が目礼する。
その時、屋敷の裏側から複数の足音が足早にこちらに近づいてくる音が聞こえた。
騎士団か!
「……我が家の騎士たちがあなたの尋常ならざる気配に気づいたようです」
「……」
そうだ、今お嬢は自室で休んでいることになっているはず。ここにお嬢がいることを騎士たちに見られるわけにはいかない。
主と目が合った。
了解っす!
俺はスキルを解いて姿を現した。
「お嬢をこちらに!」
慌てるようにこちらに渡すよう男に言うと、男は素直に渡した。さっき主が「私の影たち」と言ったからだだな。ナイス主。
そして瞬時にお嬢ごと隠密スキルをかけ、屋根の上に飛び上がりお嬢の部屋へと向かった。向かっている間ずっと、俺の背中に男の視線が刺さっていた。
少し修正しました。




