117.先に浄化をしたいのですが
先に魔獣を浄化しろって言われたけど、はいそうですかってすぐに取りかかれる規模じゃない。目の前に黒竜がいるのに、先とか後とかぶっちゃけちょっと面倒なんですけど……
〈う……〉
不意に黒竜が小さなうめき声を上げて、もたげていた首を下ろした。息遣いが荒い。
「ど、どうされたのですか?」
〈っ……はぁ、はぁ……案ずるな……話しすぎただけだ〉
!!
私は頭を抱えた。
うっ……イケボの荒い息が脳に響いててやばいんですけど……! 今はちょっと念話みたいなのやめてほしいわ、私のライフがもたない……!
黒竜が完全に地面に伏せた状態になる。
頭を振ってどうにか平静を取り戻した私は横たわる黒竜に目を向けると、何か痛みに耐えているように見えた。
なんだか苦しそう……人間用だけどボーションとか効くかな。でも外傷じゃなさそうだし、どうしたら……
「あっ」と思わず声が出た。
そして私は闘技大会の褒賞でハルトさんからもらったエリクサーを収納魔法で取り出した。
黒竜に駆け寄る。
「これ、銀月草で作られたエリクサーです。元は天界の花なので効くと思うのですが……」
〈……〉
黒竜の大きな口がわずかに開くと、口の中にエリクサーを流し込んだ。
……黒竜が纏っている「女神の化身」がかけたこの金色の結界は、魔獣の森の結界のように外側からの干渉はできるようね。阻まれたらどうしようかと思ったわ。となると……
結界は守りを意味するならこの結界は黒竜を守っているということ。……何から? 人間による討伐? でもエリクサーを飲ませられたことから外側から干渉ができるということ。じゃあ黒竜を守っているわけじゃない? それなら何を守っているのかしら。あぁ、考えてもわからないなら直接聞くしかないんだけど、さっきみたいにだんまりされるかもしれないしなぁ……
エリクサーを全て飲み込むと、暗く淀んだ深紅の瞳に少し光が宿ったような気がした。
顔色が良くなったような……? 竜の顔色はちょっとわかりづらいけども。
〈……少しマシになった……礼を言う〉
「少し……」
あのエリクサーの効力をもってしても少ししか効果を得られなかったのか。全快するのにこの体の大きさだとあとどれくらいエリクサーが必要なのかしら。
あ、さっき採取した銀月草……
私は収納魔法で銀月草を一輪取り出した。もちろん手袋をはめてから。魔力を吸収しちゃうからね。
「花びらに触れると魔力や体力が回復するんです。良かったらこれも……」
深紅の瞳がわずかに揺れる。
〈……それでも微々たるものだ。俺に使うより、人間のために残しておいた方が良い〉
「そうですか……」
でもマシになったとはいえ苦しそうには変わりない。ならもうとっとと浄化をしようかしら。そのためには黒竜の浄化が先だということを説明しなきゃ。
「あなたはこの国には黒竜侵略派という者の存在をご存知ですか?」
黒竜はぱちっと瞬きをした。
〈……ああ、俺が魔の物を先導して人間を襲っているという考えを持つ者のことだろう? ここは俺の結界で隔絶されているが、外のことは見ようと思えば見える。ほとんど見ることはないがな〉
俺の結界……やっぱりこの山脈の中腹から頂上にかけての薄黒い結界は黒竜自身がかけたものなのね。
「……その侵略派の筆頭貴族が秘密裏に黒竜討伐に動いています」
〈ほう……お前がそれを知っているのは?〉
「最初にお会いした少年の姿で私は魔獣を討伐する冒険者をしています。冒険者の私ともう1人のSランク冒険者にその貴族から黒竜を討伐するよう内密に依頼されました」
〈ふ、俺を討伐、か〉
その声音から、できるものならやってみろと言われた気がした。
「っ、でも私たちはそんなことをするつもりは毛頭ありません。この国の人たちは黒竜が実は月の女神様の弟神だということを知らないのです」
〈だろうな……だが人間が俺を討つとなると姉上や眷属神が黙ってはいまい〉
背筋に冷たい汗が流れた。
「ですから、魔獣よりも先にあなたを浄化したいのです。浄化をすればあなたは天界に帰るのですよね?」
黒竜の声が一層低くなって響いた。
〈……言っただろう、罪を犯したと。俺は天界から1000年の追放を言い渡されている。あと200年は戻ることを許されない〉
「なっ……」
なんですって!?
じゃあ浄化をしても黒竜はここにあと200年もいなきゃいけないということ?
あの依頼を遂行するつもりがないのは私もディーノさんも同じだけど、公爵に依頼を撤回させるには黒竜は女神様の弟だと知らせるしかもう……
〈だが、そうだな……黒竜を討伐するという動きがあるなら、俺の浄化を先にした方が良いのだろうな。頼んでも良いか?〉
「! はい、もちろんです」
黒竜を浄化した後どうすれば良いかお父様に相談しよう。山脈に行くことはお父様とお兄様に言ってないし、勝手に1人で色々決めると怒られる。
私は今一度ステータスを確認した。
うん、13万以上はある。浄化しても十分魔力は残るから屋敷にいる2号が突然消えることもないわね。
はぁ、緊張する。いよいよだわ。
女神様との約束を果たせる時が来て、私の心臓はうるさいくらいに鳴っていた。
〈ああ、俺を覆っている結界をまず壊さなければお前の浄化の魔法は使えない〉
そうだった。この結界の魔力は「女神の化身」の魔力で私とは違う。以前ローレンの森で結界を重ね付けしようとした時みたいに反発してしまう。
〈お前の場合、この結界の魔力より多い魔力を当てるだけで良い〉
「それだと浄化魔法分の魔力が残るかどうか……」
〈この結界は既に綻び始めている。大して魔力は使わない〉
「……わかりました」
私は黒竜の言うことを信じ、金色の結界に触れた。
そしてゆっくりと魔力を流す。
バチバチと、プラズマが走った。
もう少し流して……
結界にヒビが入った。ピキピキと広がっていく。結界ではなく黒竜が割れてしまうのではないかと思う程に縦横に広がっていった。
もうひと押し……えいっ!
パリンッ!
金色のガラスの破片が舞い落ちた。破片は落ちる間に消えていく。
『蒼焔』を一発使ったときくらいの消費だったわね。これくらいなら浄化魔法を使っても魔力値は3000くらい残るわ。でも一応MPポーション飲んどこ。
収納魔法でポーションを出そうとした時、突如黒竜の体全体から黒い気が溢れて出てきた。
今日はいつもより早めに投稿しました。
次回は5/16(金)に投稿致します。




