114.山脈の結界(1)
ディーノさんが息をつく。
「……会ったからもう知っていると思うが、俺には年の離れた5人の弟妹がいる。両親は他界して既にこの世にいない。だから俺が弟たちの面倒をみるしかないんだ」
私は両親がいないという言葉にズキッと胸が痛んだ。
「弟妹たちを養うために15歳で冒険者になった。体力も人並み以上にあったし、この国の英雄に憧れて幼い頃から剣を独学でずっと鍛錬をしてきたから剣の腕には自信があった。Sランク冒険者として討伐の依頼をこなして順調に稼いでいたんだが、あまりにも順調すぎて俺はどこかで驕っていたんだ。その驕りを抱えたまま17の時にドラゴンの縄張りに興味本位で踏み出した。そこで土竜に遭遇して戦ったんだが……」
その時のことを思い出したのか、苦悶に満ちた表情で右手で左腕をさすっている。
「今でもあれは無謀だったってわかる。死に物狂いでなんとか討伐はしたが俺は満身創痍だった。戦っている最中に何度も弟たちの顔が浮かんだ。救援信号でヴィエルジュ騎士団に助け出されたが、あの時から俺はギルドの依頼を受けなくなった。Sランク冒険者が戦うのはSランク魔獣やドラゴンだ。常に死と隣合わせ。俺が死んだら誰が弟たちの面倒を見る?」
残された側の気持ちは私にはよくわかる。弟さんたちにはあの空虚な時間を過ごしてほしくない。
「今はまだ土竜やそれまでのSランク魔獣の討伐で稼いだ金が残っているが、このまま依頼を受けなければ近い内に底をつく。だが俺は弟たちを露頭に迷わせたくない。だから討伐を重ねないといけないのはわかっている。けどプライドが邪魔してパーティーを組むのもAランクより下の依頼も受けられない……って、なんで俺はこんなみっともないことまでお前に話してるんだ」
くしゃっと橙色の短い髪を手で掴んだ。
なるほど、ジレンマを抱えているわけね。弟さんたちを養うためにはSランクの依頼をこなさないといけないけど、常に危険が伴う。でも弟さんたちの為には死ぬわけにもいかない。
でも弟さんたちのために依頼を受けなくなったのに公爵の黒竜討伐の依頼はなんで受けたのかしら。
疑問に思って尋ねてみると、胸糞悪そうな表情で「庶民が貴族の最高位に逆らえるわけないだろ。弟たちを人質に取られたしな」と、私と似たような理由だった。公爵にとって庶民というのは、権力を振りかざし有無を言わせない狡さでどうにでもなると思っているようだ。
「じゃあ本当は黒竜の討伐をやりたくない?」
「当たり前だ。今度こそ死ぬだろ。あ、そうだ。魔塔って結界の解析をやってんだろ? お前この前の闘技大会で魔塔主と戦ったよしみで魔塔主にここの結界を解くなって言っといてくれ」
言わなくてもたぶんハルトさんは解析のフリをしてくれているだろうから心配しなくても大丈夫だと思う。
あ、そうだ。
私はマントの中から収納魔法でさっき討伐した風竜の逆鱗を取り出した。
「あげる」
ディーノさんに手渡す。ディーノさんはそれをまじまじと見て裏返したりしている。
「なんだ? ドラゴンの鱗か? ……ん? ここだけ逆?」
「逆鱗だ」
「逆鱗? ふーん……で、これがどうしたんだ?」
「逆鱗はドラゴンの顎の下にあるんだが、オリハルコンに負けない程の価値があるものだ。といってもまだ周知されていないから価値が上がるのにはまだ時間がかかるが」
ディーノさんが「へぇ」と相槌を打つ。
「後々売れば相当な価値になるってことか。貴族の観賞用か?」
「いや。ディーノさんの場合、売るよりもこっちの方が良いと思う」
私はマントの中から収納魔法で新しいオリハルコンの剣を出して、ディーノさんに逆鱗が装着された剣身を見せた。
「……」
驚いた顔で、でも興味深そうに剣身についた赤金に輝く逆鱗を眺めている。
「ドラゴンの逆鱗を武具や防具に装着すると、攻撃を受けた場合にその効力が2倍に上昇する」
「は? それ本当か?」
私を見上げる茶褐色の瞳がわずかに輝きを見せた。
「ディーノさんも工房に頼んでこれを取り付けてもらうと良い。おすすめはミネラウヴァの『ダレン工房』だ」
少し混乱しているのか、私と手の中にある逆鱗を交互に見ている。
「……こんな貴重なもの、本当にくれるのか?」
「まだ俺とダレン工房の親方しか知らないから価値も何もあったものじゃない……この国の総長ですらおそらくまだ知らない」
ディーノさんは開いた口が塞がらないようだった。
「これでSランクの討伐もしやすくなる。ドラゴンはそう簡単にはいかないが、あるのとないのとでは格段に違う」
「……俺はお前に何を返したらいい?」
「返す?」
お礼ってことかしら。そんなの考えてなかった。ただ家族が突然いなくなって取り残される側の気持ちを思ったら、ディーノさんにはなんとしても生きてほしいと思ったから。完全に自己満足だ。
「……生きて弟さんたちの所に帰ってくることかな」
ディーノさんが呆気にとられた後、「ふっ、ははっ」とお腹を抱えて笑った。こんなに笑うのを私は初めて見たからちょっとびっくりした。
「くくっ、はぁ……んじゃ俺はギルドに戻る。そんでさっそくミネラウヴァに行くわ。お前も採取が終わったんならとっとと下りろよ。あ、俺のことはディーノって呼び捨てでいいからな、ミヅキ」
そう言ってディーノさんはウエストベルトのポーチ型の収納袋から状態異常の治癒ポーションを取り出し、飲みながら足取り軽く山を下っていった。
遅くなりました(^^;
次回は5/7(水)に投稿致します。




