113.銀月草(2)
私は銀月草の群生地のそばに降り立った。
風にゆらゆらと揺れ銀色に光り輝く様はとても幻想的で、私はしばらく見惚れていた。同時に、どこか既視感のようなものを覚える。
何かしら……この光景をどこかで見たような……
銀月草の群生と空を目に映した途端、月の神殿を背後に佇む女神様の、あの夢の光景が突如として蘇った。
そうだ……この銀月草、女神様の神殿の庭に生えていた花と同じだわ。金色に光っていたけど、あの花もこれと同じ小ぶりな百合みたいな花だった気がする。まさかそれがここにもあるなんて……!
私は感動を覚え、しゃがみ込んで銀月草の花びらに触れた。
すると、銀色の輝きがどんどん薄れていき、代わりに私の体の内側が熱くなりどんどん魔力が回復していった。
え! すご! 何これ! わわっ、めっちゃ回復する……!
魔力だけじゃなくて体力も気力も全て回復した。花びらに触れただけで元気いっぱいになった。さすが万能薬、エリクサーの素材だ。
代わりに花は光を失い、単なる白銀の色をした花になってしまった。
銀月草の魔力を吸ったってことなのかしら。でもこれじゃ採取ができないわね。素手じゃなくて手袋をはめれば大丈夫かな。
銀月草は光を失ってもまた月の光を浴び続ければ銀色に光るようになる。月光を遮るものがないからまたすぐに元通りになるはずだ。
それにしても天界の花は金色だったけど、同じ花なのになんで地上の花は銀色なのかしら。月光を浴びる量が違うとか? 天界にあった満月、めちゃくちゃ近くて大きかったし。あの天界の金色の花はなんて名前なのかな。ふふ、単純に「満月草」だったりして。
さて、ここは魔獣やドラゴンが寄りつかないみたいだし、休憩がてらゆっくり採取していこうかな。もう魔力体力満タンだけど。
私は収納魔法から手袋を出して両手にはめ、銀色に光る花の部分だけを摘んだ。他の場所で花の部分だけがなく茎や葉だけが残っている所があって、誰かが採取しに来た痕跡が残っていた。
銀月草の採取方法は昔書庫で暇つぶしに読んだことがあったので知っている。根まで採取してしまうともう二度と生えず、しかも1回の採取で10個までと決まっていた。
素手で採ってはいけないって本には書いてなかったけど、さっきみたいになってしまうからね、手袋をはめて摘めって書いておいてほしいわ。
私は10個摘み、収納魔法でしまうとゆっくりと立ち上がった。
さて、これで依頼は終わったけど、元気いっぱいだからもう1体ドラゴンを討伐しようかしら。ここは中腹だし、もう少し西に進めば遭遇するかも。
あ、でも待って。ここは中腹なんだからあの謎の結界の場所に近いはずよ。せっかくだから結界を見に行ってみようかしら。森の結界と魔法の根源が真逆というのが本当なのか確かめたいし。
私は魔力遮断をすると再び風竜の魔石で銀月草の群生を飛び越え、頂上に向かって進んだ。
だんだんとまた木々が黒々とした色に変わっていく。
群生地から300m程登ると、不意に魔力を感じた。
ドラゴンかと思ったけど、全然あんな絶望的じゃない。魔獣に似た魔力なんだけどでもちょっと懐かしさもあるような感じも……
さらに500m程進むと、薄霧の中に薄黒い膜が目視できた。
あ、あれかしら……
私は結界の前に降り立った。風竜の魔石を収納魔法でしまう。その時、足元に結界に沿って横一直線に大きな石が並べられているのに気づいた。
なるほど、結界との境界線が引いてあるのね。そうよね、私以外誰も結界が見えないもの。ここから先は入れないって目印が必要だわ。
ふと人の魔力を感知した。私の左の方から。
しかも覚えのある魔力だ。
私は薄い霧の先にいる人物の方に何歩か進み、その人物の橙色の髪と輪郭が目視できたところで声をかけた。
「……ディーノ、さん?」
「……ああ、なんだお前か」
そう言いながら腰に佩いた剣の柄にかけていた手を離した。
そうだ、私魔力を遮断していたんだった。足音が自分の方に近づいてきたらそりゃ警戒するわよね。
私は遮断していた魔力を少し解放した。
「お前もあの依頼を受けたからここに来たのか? 残念ながら魔塔主が解けない限り入れないぜ」
ディーノさんが壁に手をつくように結界に触れる。そして「魔獣に似たでかい魔力を感じる。やっぱりこの先に黒竜がいるんだな」と呟いた。
「あの依頼は受けたが、俺は銀月草の採取依頼のついでにここに寄っただけだ。気になっていたのは確かだが」
「お前も銀月草? ああ、別の領のギルドから依頼を受けたのか」
別の領のギルド?
「森の結界崩壊が近い今、エリクサーの素材はきちんと確保しておきたいから北の領地のギルドはどこも銀月草の依頼を受け付けている。俺は最初ヴィエルジュ領のザニアギルドにいたんだが、ヴァーゲ領の北のメトシェラギルドからの方が銀月草の群生地に近いからそこで依頼を受けた」
ああ、なるほど、そういうことね。
「ヴァーゲ領からここに来たんじゃないなら、ドラゴンに遭遇したか?」
「ああ、この前とここに来る前に」
「……は? 倒したのか?」
「ああ」
茶褐色の目が見開かれる。そして少し俯いた後、「お前、家族は?」と聞いてきた。
「い……ない」
いると答えかけてしまった。「ミヅキ」は「ディアナ」が変身した姿で庶民の設定のためうちの家族は違う。しかも架空の人物でもあるため家族はいないと答えるしかない。
「なんだ、天涯孤独の身の上か? だからドラゴンにも臆せず挑めるのか」
呆れているのか羨んでいるのかよくわからない複雑な笑みを浮かべている。
言っていることがよくわからないので、私は続きを促した。
次回は5/5(月)に投稿致します。




